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奴隷制の世界史を「つなげて」考える――『奴隷制・奴隷貿易を知るための66章』を編んで

記事:明石書店

『奴隷制・奴隷貿易を知るための66章』(清水和裕・貴堂嘉之・鈴木英明編著、明石書店)
『奴隷制・奴隷貿易を知るための66章』(清水和裕・貴堂嘉之・鈴木英明編著、明石書店)

奴隷制を世界史として捉える

 「奴隷制」と聞いて、私たちは何を思い浮かべるだろうか。奴隷商人によってアフリカからアメリカへと運ばれ、鎖につながれ、過酷な労働を強いられる人びとの姿――おそらく、多くの人がまず思い浮かべるのは、大西洋奴隷貿易とそれにともなう奴隷制ではないだろうか。もちろん、それは奴隷制の歴史を理解するうえできわめて重要な現実である。しかし、奴隷制の世界史は、それだけではない。

 本書の企画が持ち上がったとき、編者である私たち自身、古今東西の奴隷・隷属の歴史を一冊に収めることが本当にできるのか、大きな不安を抱いていた。奴隷制の起源は紀元前にまでさかのぼり、そのあり方は時代や地域によって実に多様だからである。日本や中国、地中海世界、イスラーム社会、アフリカ、インド洋、東南アジア、そしてカリブ海・南北アメリカ。これらを一つの世界史としてどう描くのか。本書は、その難題に66章から挑戦したハンドブックである。

タンザニアのザンジバルにある東アフリカの奴隷貿易展示
タンザニアのザンジバルにある東アフリカの奴隷貿易展示

 そのために私たちが採ったのは、「奴隷」をあらかじめ一つの定義に閉じ込めないという方法だった。

 歴史学では長く、「奴隷とは何か」が議論されてきた。特定の社会に奴隷が「いるのか、いないのか」、奴隷とはどのような人びとなのかを、一定の基準によって判定しようとしてきたのである。しかし、そうした固定的な定義から出発すると、かえって歴史上の人びとの多様な経験を見えなくしてしまうのではないか。

 たとえば、奴隷として売買されながら、主人の家の一員として働き、腹心や共同経営者、乳母、家庭教師などとして比較的自由度の高い生活を送った人びともいた。イスラーム社会では、奴隷身分から解放され、政治的・軍事的な権力を獲得する者さえいた。その一方で、現代社会には、法的には「自由な労働者」でありながら、契約や債務、暴力などによって強い隷属状態に置かれる人びともいる。ジェンダーの差も隷属経験の差に大きな影響を与え続けている。

奴隷女性が中絶薬として用いたとされるオウコチョウ(グアドループのマリーガランテ島)
奴隷女性が中絶薬として用いたとされるオウコチョウ(グアドループのマリーガランテ島)

自由と隷属のあいだを見つめる

 こうして見ると、「自由」と「隷属」は単純な二項対立ではない。完全な自由と完全な隷属を両極とすれば、歴史上の多くの人びとは、その間のどこかに位置して生きてきた。本書は、こうした自由と隷属の連続性に目を向けることで、「奴隷」という言葉からこぼれ落ちてきた人びとの姿も捉えようとする。

 その視野を世界史へと広げるための鍵となるのが、本書で提起する「地中海型奴隷制」という見方である。これは、編者たちの共同研究の積み重ねから生まれた発想でもある。私たちはこれまで、ブラジルやカリブ海、西アフリカ、東アフリカなど、奴隷制の歴史を刻むさまざまな場所を訪ねてきた。そこに残された史跡や博物館、港、農園、交易拠点などを自分たちの足で歩いてみると、地域ごとに異なる歴史として学んできた奴隷制が、実は海や交易路、人の移動を通じて複雑につながっていることが、具体的な風景として見えてきた。「つながる奴隷制」という本書の構想は、こうした現地での見聞と共同研究の経験によって、次第に形をとっていったのである。

 古代メソポタミアやエジプトにまでさかのぼる地中海世界の奴隷制は、ギリシア・ローマ世界、ビザンツ帝国、イスラーム社会、そして中世・近世のヨーロッパへと受け継がれながら変化していった。そして、それは地中海の内部にとどまらなかった。

 ポルトガルやスペインの海外進出によって、地中海世界で形成された奴隷制は、アフリカ、インド洋、東南アジア、東アジア、そして南北アメリカ大陸の社会と出会う。それぞれの地域には、それ以前から固有の隷属制度が存在していた。そこで起きたのは、単純な「ヨーロッパの制度の移植」ではない。異なる制度や慣習が出会い、結びつき、ときには暴力をともないながら変容していく過程だったのである。

 この視点から見ると、大西洋奴隷貿易も、孤立した特殊な歴史ではなくなる。アメリカ大陸では、奴隷化される人びとが次第にアフリカの黒人へと限定され、奴隷身分と「人種」が強く結びつくという大きな変化が起こった。しかし、その歴史を世界各地の奴隷制や隷属の歴史とつなげて考えることで、近代の人種化された奴隷制がどのように成立したのかも、より鮮明に見えてくる。

ブラジルのリオデジャネイロ、ヴァロンゴ埠頭(世界遺産)の奴隷貿易展示
ブラジルのリオデジャネイロ、ヴァロンゴ埠頭(世界遺産)の奴隷貿易展示

奴隷制は本当に過去のものなのか

 そして、本書がもう一つ問いかけるのは、「奴隷制は本当に過去のものになったのか」という問題である。

 18世紀末から20世紀初頭にかけて、奴隷貿易と奴隷制は次々と廃止された。やがて奴隷制の禁止は国際的な規範となり、「奴隷のいない世界」が近代以降の私たちの常識になった。ところが20世紀末から21世紀にかけて、「現代奴隷制」という言葉が再び語られるようになる。現代の隷属は、かつてのように人間を公然と「所有」する制度ではない。形式的な契約や雇用関係の陰に隠れ、グローバルなサプライチェーンのなかに埋め込まれることで、見えにくくなっている。

 だからこそ、本書は奴隷制を「終わった歴史」として扱わない。19世紀の奴隷制廃止が、自由労働の成立と同時に新たな不自由な労働を生み出した側面にも目を向ける。2001年のダーバン会議が奴隷貿易・奴隷制・植民地支配を「人道に対する罪」と位置づけたことも、奴隷制を過去の出来事ではなく、現在の差別や人権を考える問題として捉え直す契機となった。

 本書の66章は、単に世界各地の「奴隷制」を並べたものではない。古代から現代へ、日本から世界各地へ、そして奴隷制から自由へ、さらにその自由の内側に潜む新たな隷属へ――それぞれの歴史をつなぎながら、「奴隷とは何か」「自由とは何か」「人はなぜ他者を支配し、またその支配から逃れようとしてきたのか」を考えるための「知の地図」を描こうとしたものである。

 奴隷制の歴史を知ることは、私たち自身が生きる社会のなかに、自由と隷属の関係がどのような形で存在しているのかを考えることでもある。本書が、過去を見つめ直し、現在を考え、そしてこれからの世界を構想するための一つの手引きとなれば、編者としてこれ以上の喜びはない。

編者を代表して
一橋大学 貴堂嘉之

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