あなたのファンタジーはどこから? ルリユール叢書を読む(1)――フケー『魔法の指輪――ある騎士物語』の方へ
記事:幻戯書房
記事:幻戯書房
鎧の騎士に魔法使い、エルフにドワーフといった人間以外の種族、あるいはスライムやゴブリンやドラゴンをはじめとするモンスターたち。こうしたものらが同居するファンタジー世界は、いまでは日本でもすっかりお馴染みになっている。ぴんとこないなという向きも、そのつもりでマンガやラノベやゲームの方面を眺めてみれば、これらのキャラクターやモチーフを使った作品があれこれ目に入ると思う。
そうしたファンタジー作品の源流には『指輪物語』や『ナルニア国物語』をはじめとして、いくつかのよく知られた物語があるのをご存じかもしれない。さらに時代を遡れば、中世ヨーロッパの「アーサー王物語」や「ニーベルンゲンの歌」、その原型となった神話の類もある。
この方面には他にどんな物語があるだろう。そう思って本を探していたところ、タイトルからしてうってつけの本が目に留まった。『魔法の指輪――ある騎士物語』という。魔法の指輪といえばゲームでも貴重なアイテムだ。著者はと見れば、フリードリヒ・フケー(フーケー、フーケとも)。妖精と騎士の恋を描いた幻想物語『ウンディーネ』(水妖記、水の精)で知られるドイツの作家・詩人で、そういえば『ウンディーネ』以外は読んだことがなかった。どれどれと見てみれば、『魔法の指輪』の帯にこう記されている。
おお、「冒険ファンタジー小説の原像」。帯文の続きには「中世騎士道絵巻」で「本邦初訳」ともある。そう言われたら、読まないわけにはいかないわね。というので、どんな物語なのかをご紹介したいと思ってこれを書き始めたのだが、その前にちょっとだけ確認しておきたいことがある。
ところで、「ファンタジー」とはなんだろう。よく見かける言葉だけにかえって意味が曖昧なまま使われることも少なくないかもしれない。「ファンタジー」というカタカナ語は、英語のfantasy(phantasy)を音写したもので、大まかには「空想」や「幻想」と訳される。語源となった古代ギリシア語の「パンタシアー(ϕαντασία)」は、見えるようになる/する、心に思い描くというのが原義だった。人の心に生じる出来事を指しているわけだ。
この言葉が辿った紆余曲折も面白いのだけれどここでは措くとして、このファンタジーという言葉にひとまず輪郭を与えておこう。例えば『ホビットの冒険』や『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』の著者、J・R・R・トールキンはこんなふうに説明している。
「ファンタジーとは異界を創る力、異界をかいま見る力であり、『想像の産物に現実らしい一貫性を与える』(あるいは与えるようにみえる)表現を達成すること」
これは「妖精物語について」(『妖精物語の国へ』杉山洋子訳、ちくま文庫、2003)(★1)からの引用だ。トールキンはここでファンタジーを、人間の能力や営みとして説明している。私たちは日頃、「もしこんなふうになったら……」とか「もしもこんな装置があったら……」と、現実とは別の状況を想像したりする。想像した異界(異世界)をただ思い浮かべるに留めず、その世界に筋を通して表現する力をトールキンはファンタジーと呼んでいる。
いま引用した箇所の前後も加味して少し整理すれば、ファンタジーとは、現実世界を材料としながら、それとは別の異世界を創りあらわす能力となるだろうか。ただし、異世界ならなんでもよいというわけではなく、「現実らしい一貫性」が重視されている点にも注意しよう。
さて、ここではファンタジーをひとまずそんなふうに理解しておくとして、冒頭で述べたあれこれの要素は、ファンタジーの世界を構成するものたちというわけだ。面白いことに、魔法使いやエルフなどが登場する異世界は、「中世ヨーロッパ風ファンタジー」と呼ばれることもある。ファンタジーはファンタジーでも、中世ヨーロッパという過去の現実世界をモチーフにして、そこに想像されたものたちを加えているわけである。冒頭で触れたフケーの『魔法の指輪』もまた中世ファンタジー物語というわけで、その世界がどんなふうに描き出されているかも気になるところ。「魔法の指輪」というくらいだから、魔法が存在する世界であるに違いない。
もっとも西洋史で「中世」といえば、5世紀から15世紀と結構長い期間を指したりするし、地域によって違いもあるのだから、十把一絡げに「中世」といって済ませるのはちょっと乱暴かもしれない。とはいえ、ここではもっぱらファンタジーのほうに用があるので、中世について詳しく検討しないけれど、気になる向きは、西洋中世学会編『西洋中世文化事典』(丸善出版、2024)をご覧あれ。長くて広い西洋中世の文化を各方面の専門家たちが集まって解説した本で、ゲームや日本のサブカルチャーとの関係について論じた項目もある。ファンタジーの異世界を設定したい人にも役立つと思う。
以下では「ヨーロッパ中世風ファンタジー」と繰り返すのは長ったらしいので、簡単に「ファンタジー」と呼ぶことにしよう。ついでながら、関連する表現として「剣と魔法の世界」という言い方もあった。
ところで、こういうファンタジーのような発想はどこから来たのだろう。なにか発想源になったものがあるのだろうか。そんなふうに気になって辿り始めると、程なく遭遇することになるいくつかの創作物がある。といっても、思い浮かぶものは人によっていろいろかもしれない。
ここでは見通しをよくするために、いまほどにはファンタジーが溢れかえっていなかった頃に戻ってみよう。ただし、これから述べるのは、裏づけのある歴史というよりは、当時中高生だった私に見えていた1980年代の風景である。
例えば、その頃コンピュータゲームに興味を持っていた人なら、ファンタジー世界を舞台にしたロールプレイングゲーム(RPG)の「Wizardry」(1981)や「Ultima」(1981)などが大きく目に入ったと思う。パソコンやゲームについては雑誌が主な情報源だった時代のことだ。そうした雑誌でもしばしば「海の向こうでこんな面白いゲームが出たよ」と紹介されていて、いつか遊んでみたいなと眺めていたものだった。当時の大人たちの中には、それらのゲームが動くアメリカ製のパソコン(Apple IIなど)を入手していち早くプレイしていた人もいた。日本製のパソコンに移植されて遊べるようになるのはもう少し後のこと。
「Wizardry」は冒険者のパーティを組んでダンジョンの奥底を目指して探索するゲーム。「Ultima」は広い地上を彷徨うのが基本で、ところどころにダンジョンもある。どちらもそれこそ中世ヨーロッパ風ファンタジーの設定で、ゲームの中心には多様なモンスターたちとの戦いと、勝利した際にお金やアイテムや経験値が手に入り、キャラクターがレベルアップするといった仕組みがある。レベルアップすれば、より遠くまで足も伸ばせて、さらに未知の世界へ向かってゆける、という冒険の楽しみを味わえる。
これらのゲームを紹介していた雑誌の中には、ゲームを開発した人たちに取材したものもあった。例えば『LOGiN』(アスキー)1983年7月号掲載の「オグデンズバーグで会ったフレンドリーな魔法使いたち」はその一例(★2)。「Wizardry」の開発・販売元のサーテック社を訪れて、作者のアンドリュー・グリーンバーグやロバート・ウッドヘッドに話を聞いている。その取材に答えてグリーンバーグは、「Wizardry」の発想の元が『Dungeons & Dragons』(TSR、1974)という人間同士で遊ぶテーブルトークRPG(TRPG)だったと語っている。
Dungeons & Dragons――「ダンジョンとドラゴン」(英語ではどちらも複数形)という危険の詰め合わせのようなタイトルからも窺えるように、トラップとモンスターに満ちたダンジョン(地下迷宮)と、最強のモンスターであるドラゴンという、いまでもあちこちに顔を出す要素が二つながらに並んでいる。
こうしたTRPGでは、プレイヤーはファンタジー世界の冒険者となって、ゲームの進行役であるダンジョンマスター(DM)の語りとルールブックに導かれながら行動を選んで物語を進めてゆく。キャラになりきって発言したり行動を選んだりするので「ロール・プレイング(役を演じる)」ゲームという次第。ごっこ遊びと言ってもよい。一緒にテーブルを囲む人たちとわいわいおしゃべりしながら冒険を進めてゆくと、その痕跡が物語となるような、他ではちょっと味わえないような体験である。
コンピュータゲームなら、プログラムであらかじめ用意されている行動以外は選びようがないところ、人間同士で遊ぶRPGでは、他のプレイヤー(キャラクター)たちとのやりとりを含め、思いついたことはたいていなんでも試せるのが楽しい。もちろん各種のルールやDMの判断によるところもあるから、なんでもかんでも実現できるわけではない。飛ぶための能力や装置がなければ、いくらそうしたいと願っても飛べないように。
『Dungeons & Dragons』(以下『D&D』)はその後も版を改めながら、現在も販売されている。2024年には最初の版の発売から50年ということで、その歩みを振り返る本なども刊行されたりしたところ。また、小説、映画、コンピュータゲームなどにも展開しているので、『D&D』そのものに触れたことがない人でも、どこかで目にしているかもしれない。詳しくは、目下日本版の販売を行っているウィザーズ・オブ・ザ・コーストのウェブサイトをご覧になると、どんなゲームか、雰囲気や内容を知ることができる(★3)。
個人的な思い出話を添えると、1980年代はいまのようにネット経由で気軽に海外から本を取り寄せられる環境はなかった。なんとかしてルールブックを手に入れたいと思った高校生の私は、人づてにお願いしてアメリカから『Advanced Dungeons & Dragons』という『D&D』の上位版のルールセットを何冊か送ってもらった。
依頼と送金をしてから何カ月か後(なにしろ船便である)、ハードカヴァーの大きな本が5冊くらい届き、「これが噂のあのゲーム!」と欣喜雀躍したことを昨日のことのように覚えている(箱を開けたときツンと鼻をつくような酸っぱい匂いがしたことも)。問題はすべて英語で書かれている点だが、そこはそれ。機械翻訳もいまのようにほいほい使える時代ではなかったけれど、読みたい一心で辞書と首っ引きになりながら解読したのだった。あとにして思えば、英文を読むトレーニングにもなった(語彙の偏りは措くとして)。
さて、この『D&D』は、その後のコンピュータゲームや小説や漫画などに、直接・間接に大きな影響を与えたといっても過言ではない。ただ、最初の『D&D』から半世紀を経た現在、そうした影響関係は見えづらくなっているかもしれない。
比較的見てとりやすい影響を一例だけ挙げてみよう。ゲーム方面の用語として「HP」や「MP」という言葉を見聞きしたことはおありだろうか。会話では「エイチピー」「エムピー」と音読することもある。日本語としては「体力」「魔力」といった意味で使われていることが多いと思われる。各種RPGをはじめ、ゲームではすっかりお馴染みの用語だ。
これはそれぞれ「ヒットポイント(Hit Points)」と「マジックポイント(Magic Points)」を略記したもので、もとはRPGの用語だった。と、こう書いてみて、実際はどうなのか、そういえば確認したことがないことに気がついた。そこで、まさか載ってはいないだろうなと思いつつ、英語のそれぞれの語について古い用例を載せている『オックスフォード英語辞典(OED)』(オンライン版)で調べてみたところ、hit pointという項目があった。せっかくなのでそこに出ている語釈を見てみよう。訳せばこんな説明である。
〈 キャラクターが耐えられる負傷やダメージの量を表す単位の一つ。この値がゼロになると、キャラクターは死亡または敗北する。略称はHP。通常は複数形。
ヒットポイントは、休息、回復魔法、ポーションやそれに類するものによって回復できる場合がある。 〉
『オックスフォード英語辞典(OED)』(オンライン版)
これは『D&D』のマニュアルの説明とほぼ同じ内容といってよい。気になる用例はどうか。hit pointについてOEDが載せている最古の用例は、1974年のG. Gygax & D. Arneson, Dungeons & Dragons: Rules vol. I. 18とある。つまり『D&D』の初版だ。
ついでながら、OEDに採録されている『D&D』からの用例は他にもいくつかある。例えば、ダンジョン(dungeon)、ドワーフ(dwarf)、経験値(experience point)、ノンプレイヤーキャラクター(non-player character)、プレイヤーキャラクター(player character)など(MPはちょっとややこしいのでいまは措いておきます)。
このうち「経験値(exp / XP)」もお馴染みの用語かもしれない。『D&D』では、ゲーム中でキャラクターが敵を倒したり、特定のアイテムを入手したり、問題を解決したりすると経験値が与えられる。この値は蓄積されてゆき、一定値を超えるとレベルアップするという仕組み。レベルが上がると、キャラクターの能力が高まるという寸法である。そこで『D&D』の世界では、そのキャラクターの「レベル」の数値を見れば、おおよそどのくらいの経験を積んだツワモノかも分かるわけである。OEDでは、experience pointの初出も『D&D』(1974)としている。
RPGで使われる用語の全部が全部『D&D』の発明品かどうかはさておき、これらの用語やゲームのルールは、後には「Wizardry」や「Ultima」をはじめとするコンピュータRPGに持ち込まれ、さらにそれを真似したゲームにも流用され、そうしたゲームを発想源にした小説や漫画でも使われるようになり……と、そこから先は詳しく辿るのも困難なほど広く使われるようになって現在に至るのだった。
と、TRPGについて話し始めるとキリがなくなるのだが、そろそろ本題のほうへと向かうことにしよう。なぜこんな話を始めたのかといえば、そう、ファンタジーはファンタジーでも、ファンタジー小説の話をしたいからだった。中世ヨーロッパを舞台に、騎士たちが活躍する(しかも魔法が出てきそうな)『魔法の指輪』は、いったいどのようなファンタジーを見せてくれるだろうか。次回をお楽しみに。
[註・参考文献]
★1――J. R. R. Tolkien, "On Fairy-Stories", in Essays Presented to Charles Williams, edited by C. S. Lewis (Oxford University Press, 1947).
★2――『LOGiN』1983年7月号(アスキー、1983)pp. 72-77
★3――ついでながら、『D&D』について興味のある人のために、その歴史に関する本をご紹介しておこう。他にもいろいろあるのでこれらの本を手がかりに辿っていただくとよい。末尾に*をつけた本には電子版がある。
・マイケル・ウィットワー『最初のRPGを作った男ゲイリー・ガイギャックス 想像力の帝国』(柳田真坂樹、桂令夫訳、ボーンデジタル、2016)
・キング・ブラッド、ジョン・ボーランド『ダンジョンズ&ドリーマーズ――ネットゲームコミュニティの誕生(第2版)』(平松徹訳、2023)*
・『日本現代卓上遊戯史紀聞 [1]安田均』(聞き手:岡和田晃ほか、ニューゲームズオーダー、2018)*
・Matt Barton and Shane Stacks, Dungeons and Desktops: The History of Computer Role-Playing Games, 2nd Edition (CRC Press, 2019)*
・Björn-Ole Kamm, Role-Playing Games of Japan: Transcultural Dynamics and Orderings (palgrave mcmillan, 2020)*
・Jon Peterson, Game Wizards: The Epic Battle for Dungeons & Dragons (MIT Press, 2021)*
・Jon Peterson, Playing at the World, 2E, Volume 1: The Invention of Dungeons & Dragons (MIT Press, 2024)*
・Edited by Premeet Sidhu, Marcus Carter, and José P. Zagal, Fifty Years of Dungeons & Dragons (MIT Press, 2024)