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「ウラルの核惨事」書評 極秘にされた原子力災害を暴く

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2017年07月02日
ジョレス・メドヴェージェフ、ロイ・メドヴェージェフ選集 2 ウラルの核惨事 著者:ジョレス・メドヴェージェフ 出版社:現代思潮新社 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784329100030
発売⽇:
サイズ: 22cm/262p

ウラルの核惨事―ジョレス・メドヴェージェフ、ロイ・メドヴェージェフ選集第二巻 [著]ジョレス・A・メドヴェージェフ

 1957年、旧ソ連の南ウラルに位置する秘密工場の放射性廃棄物貯蔵庫で爆発があり、のちのチェルノブイリにも比すべき原子力災害が起きた。事故は極秘とされたが、体制を批判する出版で要職を解任、精神病院に拘禁のうえ、ついには国籍も剥奪(はくだつ)された著者は76年、滞在先の英国で発表した記事で初めて言及、大変な反響を巻き起こした。だが、原子力産業に携わる西側の科学者らの反応は、一様に否定的だった。
 反撃するにも本人と母国のつながりは切れている。驚くことに著者は、検閲を経て公開済みのソ連の科学者たちの論文に見られる不自然な省略、単位のすり替え、数値の使い回し、意図的な歪曲(わいきょく)、生態系調査の偽装を見破り、事故の全体像を詳細に再構築。独自に情報を得ていたCIAへの資料開示請求などを経て79年、『ウラルの核惨事』を刊行した。西側で事故が周知のものとなる一方、ソ連はチェルノブイリを経てベルリンの壁が崩れる89年、ようやくこれを公式に認めた。
 鉄の検閲はなぜ不完全だったのか。ソビエト体制下の科学者にも欲があり、実は広範囲にわたる詳細な実地調査をしていた。このような専門家の研究成果をくまなく精査するのは至難の業である。著者にはその余白を埋め、有意な情報を読み取るだけの知識と経験があった。その意味で本書は、きわめてスリリングな知的推論の書でもある。
 過去にも日本語版があったが、今回はロシア語原文からの訳出。チェルノブイリ、福島原発事故直後の論考も加えた。新たに書き下ろしの序文が巻頭を飾り、この核惨事について私たちが知りうる今なお唯一の書であり続けている。
 チェルノブイリに先立って惨劇を予言したとされるタルコフスキーの映画「ストーカー」は、過去に起きたこの事故を参照していたとも言われる。さらなる過酷事故で、本書の価値がこれ以上増さないことを祈らずにはいられない。
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 Zhores Medvedev 25年、旧ソ連生まれ。生化学、政治史研究家。著書に『知られざるスターリン』など。