「里山という物語」書評 懐かしさを感じるのはなぜか
評者: 佐伯一麦
/ 朝⽇新聞掲載:2017年09月03日
里山という物語 環境人文学の対話
著者:結城 正美
出版社:勉誠出版
ジャンル:自然科学・環境
ISBN: 9784585221807
発売⽇: 2017/06/30
サイズ: 19cm/323p
里山という物語―環境人文学の対話 [編]結城正美・黒田智
今ではふつうに使われている「里山」という語の歴史は実は新しく、バブル崩壊後に盛んに喧伝(けんでん)されるようになったという。
人の手が入った循環する生態系としての里山に、日本の原風景につながる懐かしさを覚えることに疑問を抱いてこなかったが、本書で紹介されている1958年に出た『ものいわぬ農民』の岩手の里山に暮らすヨメの話には深く考え込まされた。こぶしの花が咲くと、いよいよ野良仕事が始まる、里が雪に埋もれる日までは働きつづけに働かなければならない、と憂鬱(ゆううつ)になるというのである。これまで里山を外部者からの視点でしか見てこなかったことを痛感させられた。
里山は生活を営む場所であり、また原発の立地場所やその近辺でもあり、事故が起こればゾーン=警戒区域と化す土地でもある。里山をイメージとして政策や広告の手段とするのではなく、目的としてリアルに捉えるための手がかりとなり得る一書だろう。