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鍋倉夫「路傍のフジイ」 人生楽しむ地味な男、周囲を感化

©鍋倉夫/小学館/『ビッグコミックスピリッツ』連載中

 人間には見栄(みえ)もあれば嫉妬もある。他人と比べての劣等感や不遇感、その裏返しの優越感もあれば、何となく満たされない気持ち、漠然とした不安を抱えた人も多いだろう。本作は、そんな多くの普通の人々の物語だ。

 30前後と思(おぼ)しき独身会社員・田中は、友人の結婚式の帰りの電車で「つまらない……目に映るものすべてが」と感じてしまう。自分の将来に希望を持てない。それでも同じ職場のあの人よりはマシだと思う。「ああはなりたくない」「かわいそうな人」と彼が憐(あわ)れむその人こそ、タイトルロールの藤井である。

 40代独身の非正規社員。無口で無表情、地味で存在感が薄い。どう見てもサエない男である。が、たまたま休日の藤井と行動を共にした田中は、彼が人生を楽しんでいることを知る。群れず同調せず、他人と自分を比べない。どんなことにも面白味(おもしろみ)を見つける。そんな藤井に周囲の人々は感化されていく。

 語り手は周囲の人々であり、藤井の内心は描かれない。主人公というより化学変化を促す触媒のような存在だ。劇的な展開はなく、明確なオチもない。何とも捉えどころのない作品だが、つまりそれが人生というもの。そこに正解も不正解もないのである。=朝日新聞2023年11月18日掲載