これまでと違う「安倍晴明」像
――映画は1986年から続く夢枕獏さんの伝奇小説が基になっていますが、今作の脚本のどんなところに魅力を感じましたか。
「陰陽師」は、これまでも映画や舞台など様々な形でメディア化されているので、きっとそれぞれの「陰陽師」像が皆さんの中にあると思うのですが、今作はまた別の、新しい「陰陽師・安倍晴明」を見ることができるが一番の魅力だと思います。私たちが想像する安倍晴明が、一人の人間としてどういうことを乗り越えてきたのかを描いているので、今までの「陰陽師」ファンの方も、初めてご覧になる方も楽しめる作品だと思っています。
今回映画化するにあたって、夢枕先生が原作で大切に紡がれてきたことや、呪術の元になっている人の心の機微みたいなものをどれだけギュっと閉じ込められるかというところが大切だったと思うんです。でも、脚本を拝読して佐藤嗣麻子監督の原作への深い理解と愛があったからこそ、この映画化が叶ったのだと感じました。それに、この晴明を体現できる山﨑賢人さんという俳優さんがいたことで、現代でしか生まれることがなかった作品になったなと思います。
――演じた徽子女王は平安時代中期の歌人で実在した人物でもありますが、どのように役をつかみ、作り上げていったのでしょうか。
残されている史料やヒントになるものがそんなになかったこともあり、自分の中でいろいろと膨らませながら演じた役でした。徽子女王が伊勢の斎宮に選ばれたということも史実として残っているけど、その裏で一人の女の子として幼い彼女にどんな心の動きがあったのだろうということは教科書や文献に書かれていることではないので、そういった部分を大切につなげるといいなと思っていました。
若き日の晴明を描いていることもあり、映画のタイトルが「陰陽師0」となっていますが、私は徽子女王にとっても「エピソード0」になっているんじゃないかなと思うんです。才女と呼ばれた徽子女王が誕生するまでの、彼女の中にしっかりとした芯の部分ができるまでのエピソードだったような気がして。そこに至るまでの心の揺れを作品の中で丁寧に演じられたらいいなと思い、佐藤監督ともたくさんお話を重ねました。
対峙して生まれた気持ちを大切に
――年の離れた従兄妹であり、琴を教えてくれた源博雅とのシーンが多かったですが、博雅を演じた染谷将太さんとの共演はいかがでしたか?
染谷さんとは今回で2回目の共演なのですが、私がこの仕事を始めた時からスクリーンで見ていた方なので、ずっと憧れの存在でした。そんな染谷さんと一緒にお芝居をしていて、現場で生まれてくる気持ちがたくさんありました。それこそ、「呪」(しゅ・形のないものを言葉で縛ること)にかかっているような瞬間を感じることができたので、ご一緒できてとても幸せだったなと改めて思います。
――現場で生まれた思いの中で、特に印象的だったシーンは?
最後の方で、徽子女王が博雅にある大切な一言を伝えないといけないシーンがあるんです。そこで徽子はこれまでの思いを断ち切り、強くならないといけないのですが、博雅があまりに優しいお顔をされているので、勝手に涙が出てきてしまって何度かテイクを重ねたんです。でも、何回かテイクを重ねる中で、今まで徽子が一人で抱えていた思いを理解できましたし、たどり着けた気持ちが生まれたのだと思っています。
脚本を読んでいた時は「ここはこうやって思いを断ち切るんだな」とか「ここで気持ちを新たにして、前に進むんだ」と分かってはいるんですけど、頭で理解していることと、実際に対峙し、お芝居して感じる気持ちというのは違うんだなと改めて思いました。だからこそ「呪」が生まれたり迷うことがあったりして、主観と客観というものをすごく感じたシーンでしたね。
――博雅と帝の間で揺れる切ない恋愛模様も描かれていました。身分や家柄のこともあり、例え両思いでもどうにもできないことがあったのだなと痛感しましたが、この時代に生きた人々をどう思いますか。
晴明や徽子女王の生きた平安時代は、男女問わず、生まれながらに定められた運命というものが今よりも決まっていて、自由に何かを選択できる時代ではなかったと思うんです。そんな中で、自分で生きる道をちゃんと見つけるのは強い気持ちが必要だっただろうなと思います。今は選択が自由だからこそ「自分は本当は何がしたいのか」を選ぶのが意外と大変ですが、今私たちが感じている「自由だからこその不自由さ」とはまた少し違った不自由さの中で生き抜いていくことは、とてもたくましいなと思います。
自分を変えられるのは自分だけ
――作中では、妬みや寂しさ、怒りなど「負」の感情が強いエネルギーとなって人を動かし、変えてしまいます。そういった念の強さや負の感情についてどんなことを考えましたか?
私はちょっと前向きな捉え方をしていて「やっぱり人は変われるんだ」ということをこの作品ですごく感じたんですよ。負の感情って、きっと衝動的な強さやパワーを持ったエネルギーだと思うので、自分でも制御が効かないし、それによって人が変わってしまう、取りつかれてしまうことは現代でも本当に起きるんだろうなと思います。
私も徽子女王を演じている中で、彼女の中にある負のエネルギーも感じながら、そこから自分の生きる道を変えていくことはできるんだと思っていました。もちろんそこにはだれかとのつながりがあって乗り越えていけることもあるのですが、自分を変えられるのはやっぱり自分しかいないんですよね。そういうことをすごく前向きに考えられる作品だったので、私も負の気持ちが生まれた時は一度そのエネルギーを手放して、できるだけ「陽」のパワーに変えられるようチャレンジしたいなと思いました。
マイブームはお医者さんの本
――以前、映画「君は永遠にそいつらより若い」でご登場いただいた際、辻村深月さんの作品をよく読んでいると聞きましたが、最近はどんな本を読んでいますか?
最近は、哲学書やお医者さまが書いている本がちょっとしたマイブームなんです。「生命をみつめるフォト&エッセー」コンテストの審査員を務めた時にご一緒した養老(孟司)先生の本をよく読むのですが、物語を追いかけるのとはまた違って、自分とは別の価値観や視点で広がるものがあるし、今まで自分の中で言葉にできないむずがゆさみたいなものが「こういうことだったのか」と気持ちが晴れる瞬間があるんです。何かを極めた人物が物事を深く掘り下げて、たくさんの言葉を残しているエッセイやコラムに今は惹かれます。
――医者だからこその経験や見てきたものがあっての言葉というものがありますよね。
そうなんですよね。やっぱりすごく冷静に物事を見て、捉えていらっしゃるなと感じます。私たち役者はどちらかというと感情を動かすお仕事をしているので、その真逆の視点を別に持てることはすごくいいなと思うし、勉強になります。