1970年代の政治とカネをめぐる話をしても、今の若い人には信じてもらえないかもしれません。サントリーウイスキー「オールド」の空き箱に1千万円を入れて届けたとか、自民党総裁選で「数十億円動いた」とか、まことしやかに語られたものです。
金権政治が行き着くところまで行った時代、その中心にいたのが田中角栄でした。
自民党総裁だった田中が指揮した74年の参院選は「企業ぐるみ選挙」と呼ばれました。大企業に自民党候補への支援を要請、巨額のカネが選挙運動に注ぎ込まれました。当時でも「いくら何でも、そこまでやるか」と思った人は多かった。「田中角栄研究」の取材を始めた背景には、金権政治への疑問が世間に広がっていたことがあったと思います。
「田中の数々の金脈事件を暴いた作品」と言われることがありますが、正確ではありません。個々の金脈事件のほとんどは既に知られているものでした。私の興味は、それらの疑惑の一つひとつを適切に並べて、金脈の全体構図をあぶり出し、その背後にある仕掛けを描き出すことにあったのです。
74年10月に発表しましたが、新聞は当初、追随しませんでした。当時は、新聞が書かないとニュースとして認められないような時代。新聞記者は雑誌ジャーナリズムを一段下に見ていたと思います。米紙が報じたことで、日本の新聞もようやく追いかけました。
首相を退陣に追い込んだと言われても、私の論文だけの力とは思いませんでした。金権政治はもう長く続きようがない状態だったのです。「荷物を目いっぱい背負ったロバが、ワラをもう一本のせられただけで倒れた」とでも言いましょうか。戦後政治の一つの曲がり角に、立ち会ったのだと思います。
票と絡めた利益分配のシステムを確立したのが、田中政治です。それは都会と比べてインフラの整わない、まだ貧しかった地方に、高度成長の恩恵を分け与えようとしたという分析もあります。しかし、その政治姿勢の基本は、あくなき政治権力の拡大にありました。
派閥のドンとしての田中の特徴は「恩義の配給」にあります。目先の損得にとらわれず、他派閥の議員にまで気前よくカネを配ってシンパを広げる。しかし『君主論』のマキャベリはカネで人心をつかもうとする金権政治を強く戒めています。自らの影響力を保ち続けるために、表に出せないカネに頼るようになってしまうからです。
田中という人物は本から学んだ理屈ではなく、経験から学んだ人生の知恵が蓄積された人物だったと思います。会って話せば、懐が深くて実に魅力的だったでしょう。戦後の代表的日本人といえば、美空ひばりと田中が真っ先に浮かびます。いわば「原日本人」と呼びたくなるような存在です。
田中内閣の退陣後、政治資金規正法の幾度かの改正を経て、政治とカネをめぐる風景はだいぶ変わりました。田中が亡くなって20年以上たちますが、彼について語る本が新たに刊行され続けています。我々は今なお、田中角栄という政治家と、彼が生きた上り坂の時代への郷愁を断ち切れずにいるのかもしれません。(聞き手・上原佳久)=朝日新聞2015年2月24日掲載
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