昨年、2009年から書いてきた『親鸞』シリーズが完結したばかりです。浄土真宗を開いた親鸞が活躍した平安後期から鎌倉時代は、飢餓や凶作、戦乱、大火、地震、津波が絶え間なく、京都・鴨川が死体であふれた終末的な時代です。現代の日本は、道ばたに死体こそありませんが、明日が見えず、人々が不安を抱えているという意味では親鸞の生きた時代に似ています。こんな時代だからこそ、自己を見つめる手助けとして親鸞の教えが役に立つのではないでしょうか。
私自身も敗戦後、引き揚げの中で、人間とは生きているだけでおのずと悪をなさなければいけない情けない存在だと痛感しました。生き残った者すべてが「悪人ではないか」と考えたこともあります。『歎異抄(たんにしょう)』はそのような心に強く響きました。30代に浄土真宗の信仰が根づいた金沢に暮らしましたこともあり、他力に導かれるように自然と親鸞に出合いました。
振り返ってみると、作家として、時代の潮流に「流されゆく日々」を生きてきた気がします。
デビュー作『さらばモスクワ愚連隊』(1967年)を書いたのは冷戦期。当時、日本の進歩的知識人の間で、ソ連は計画経済と社会主義が体現されている理想の地でした。しかし、実際に現地を旅してみると、競馬場もあるし、アンダーグラウンドの音楽喫茶では不良少年がポップミュージックを聴いている。時代の変化というのは、政治経済よりも先に、市民生活の中に表れるものです。「社会主義は持たないだろう」と直感しました。
国内に目を向けると、高度成長真っ盛り。米国などの外来文化がもてはやされていました。だからこそ、あえて古風なスタイルの小説を書こうと思ったのが北九州・筑豊が舞台の『青春の門』(70年~)です。炭鉱町としてエネルギーの面から高度成長を支えた、もう一つの首都。そこから出た少年の半生をたどりつつ、歴史を影絵のように浮かび上がらせたかったのです。7巻まで出ていますが、読者への責任として続きを書かなければと思います。
70年代になると、働く女性が増加し、そんなOL向けに登場した女性誌「MORE」(77年創刊)に『四季・奈津子』(79年)を連載しました。資生堂出身の石岡瑛子さんのパルコのCMがはやり、コピーライターという職業が成り立つようになったのもこの頃。そんな時代に、男にうじうじくっつかず、自立した女性の冒険小説を書いてみようと思ったのです。
そんな消費社会も行き着くところまで行き着き、ついに低成長の時代に入っていきました。
今年、戦後70年ですね。敗戦で「おぎゃあ」と新しい国が生まれたとすれば70歳。すべてを失ったのに不思議と明るかった敗戦時とは違って、不安感が人々の心を覆っています。
ですが、寂しいとか悲惨だとか考えず、この時代にふさわしい「下山の思想」があるはずです。親鸞は90歳まで生きて多くの仕事を残しました。日本も豊かに下山して、次の山を目指せばいいのです。(聞き手・板垣麻衣子)=朝日新聞2015年1月27日掲載
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