奈良女子大学准教授の石坂友司さんはスポーツ社会学、歴史社会学の観点からオリンピックを研究している気鋭の学者だ。本書はクーベルタンが創設した近代五輪がどのように変化し、今日の巨大イベントになったのか、時代ごとの社会状況をたどりつつ分析。オリンピックとは何かを考えたい向きには示唆に富む基礎文献だ。
例えば、オリンピックは平和やアマチュアリズムをうたう。だが内実は「創られた伝統」であり、それらが「正当性」を人々に誤認させる「象徴的権力」になっているという。そのうえ国の介入はボイコット騒動を招き、放映権の高騰はルールまで変えさせ、主役のアスリートを考慮しない。
そんな政治や商業主義の肥大がオリンピックを左右してきた実態を石坂さんは具体的に示す。「2008年から長野冬季五輪の10年後を現地調査しましたが、五輪がもたらすとされる経済効果は乏しく、レガシー(遺産)どころか、残ったのは多額の借金でした」
2年後の東京五輪・パラリンピックへの懸念も語る。誘致時には開催理念に大震災からの「復興」や「コンパクト」を掲げ、原発事故については安倍首相が「アンダーコントロール」と公言。エンブレム問題や競技場問題でも揺れ、開催の意味を問う声も出た。
「復興の看板は実質的に下ろされ、オリンピックが原発事故を隠しています。そして開催費用はインフラ整備をふくめ3兆円を超えそうです。政治・経済・報道が連動して五輪を盛り上げる日本では、1964年の東京五輪と同じように、閉会後は開催前の混乱などまるでなかったかのごとく美化されるのではないでしょうか」
とはいえ、努力を競う五輪自体には美点がある。石坂さんは今、国家やナショナリズムを超える五輪のあり方を考え始めている。
「オリンピックは器であり、社会を映す鏡。大事なのはどう使うかです。五大陸を表す五輪ですが、アフリカやインドなど、まだ開催されていない地域は多い。持てる者が技術や資金をサポートする考え方や仕組みが生まれればよいのですが」
(文・写真 依田彰)=朝日新聞2018年3月11日
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