朝5時に起き、牛舎掃除、搾乳、羊の世話をする毎日。北海道の東、野付(のつけ)半島がある別海(べつかい)町で生まれ育ち、実家の牧場で羊を飼育、出荷している。昨年の最低気温は零下20度を下回った。鼻毛が凍り、指の感覚を失うほど寒い日もあるが、風邪でも寝不足でも、重労働と執筆は同時並行だ。3時間しか眠れない日もある。「寿命を削るように書いてます」
学生時代は文芸同人誌に参加。書きたいことはあったが、技術と器が足りないと一度休むことにした。そんな時、教授がごちそうしてくれた道産羊のおいしさに感激。「羊飼いになる」とニュージーランドで1年間飼育を学んだ。
転機は30歳を迎える少し前。「このままでは一生書かずに終わる」。2010年に猟師の物語で北海道新聞文学賞の最終候補に。12年に同賞受賞、馬と人との関わりを書いた『颶風(ぐふう)の王』で、14年に三浦綾子文学賞を受けた。
『肉弾』で書きたかったのは「人間の小ささと根性」だという。無気力な青年が道東の山奥で熊撃ちを試みるが、同行した父は逆襲にあい、腹を裂かれて死ぬ。独り恐怖に向き合った主人公は、自らも獣として命を守るしかないと決心。人間であるゆえんとも言える文明や知性も、野生の中では役立たないと思い至る。
「人も、生物種のほんの一つ。肩書や虚勢を取り払った状態で、野生生物と同等の環境に置きたかった。自然を満喫、なんて言いますが、本当の自然はおっかないんです。でも、生物のなかでの人間の立ち位置は、意外にすごい」。物語の主人公も、なんと素手で生き延びていく。
個々の人生の意味より、人間が存在する意味や、他の動物への影響力に興味がある。羊の品種改良をとってみても、人間の役に立つ限り、その種は残っていくということ。「人にもてあそばれているようで、必ず繁殖できる。動物の生存戦略にしてみれば、これ以上ないほどプラスかもしれない」
北の暮らしが生む物語には、飾りのない力強さがある。「基本は農家のおばちゃんですから」
(文・写真 真田香菜子)=朝日新聞2017年12月10日掲載
編集部一押し!
- ひもとく 五百旗頭真の仕事 品格と責任感を持った政治学者 細谷雄一 細谷雄一
-
- ニュース 本屋大賞に「成瀬は天下を取りにいく」 宮島未奈さん「これからも、成瀬と一緒なら大丈夫」(発表会詳報) 吉野太一郎
-
- 本屋は生きている ヤンヤン(東京) 急な階段の上で受け取る「名も無き誰かが残した言葉」 朴順梨
- インタビュー 「親ガチャの哲学」戸谷洋志さんインタビュー 生まれる環境は選べない。では、どう乗り越える? 篠原諄也
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- 谷原書店 【谷原店長のオススメ】平井大橋「ダイヤモンドの功罪」 天才の孤独と軋轢、多角的な視点で描く 谷原章介
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社