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坂元裕二「往復書簡―初恋と不倫」書評 会話の不自然そのままに

往復書簡―初恋と不倫 [著]坂元裕二

 いつの頃からか、会話に「オチ」が求められるようになった気がする。誰もがひな壇に並ぶお笑い芸人のように話す必要などないはずだが、話を落とすことを期待される。その風土の中で量産されるドラマは、設定や展開を即座に説明できるものになりがち。当然、帰結は劇的だ。
 かつては「東京ラブストーリー」、近年では「カルテット」「最高の離婚」「Mother」などの脚本を手掛ける坂元裕二作品の共通点は、わかりやすいオチに直進しないこと。坂元は以前、放送が終わった後も、登場人物がどこかで実際に生活しているのでは、と想像できるものを書きたいと語っていた。会話の間に生まれる余白をそのままにする。不足している説明を、説明不足ではなく、説明とは常に不足しているものだと、そのまま受け流していく。
 本書に収録されているのは、手紙やメールのやり取りだけで展開する恋愛物語。二人きりの会話が延々と続き、迂回(うかい)を繰り返す。時間を重ねる中で、事の輪郭らしきものが見えてくる。
 「不帰(かえらず)の初恋、海老名SA」と「カラシニコフ不倫海峡」という二編が収められているが、初恋と不倫の行方を追う物語、とはまとめられない。「君がいてもいなくても、日常の中でいつも君が好きでした」とのロマンチックな言葉がひとまずそのまま置いておかれる一方で、昨日の晩ご飯で余らせたおでんを翌日のお弁当に入れると、汁がお弁当の仕切りを越えてご飯の一部がひたひたになるのがおいしい、との報告が、二人の距離に対して静かに作用していく。
 いずれの物語にも徐々に死の気配が漂ってくる。だが、その気配は暴発しない。人は、人の死を考えても、直面してもなお、相手に「ブリの照り焼き定食、七百二十円。おすすめです」と伝えるものなのか。人と人との会話は常に不自然の連鎖であって、オチに至るとは限らない。人間の不自然をこれほど自然に書く人を知らない。そのままにしておく、って贅沢(ぜいたく)な体感なのだ。
 武田砂鉄(ライター)
     ◇
 リトルモア・1728円=6刷5万部 
17年7月刊行。ドラマのファンから広がり、「すぐに読めたけどずっと後をひく」という声が届くという。朗読劇としても上演された。=朝日新聞2017年10月8日掲載