糖質制限ダイエットをはじめたのは五年前――。わたしはそのころ、体重八十五キロという、まぎれもない立派なデブで、「降圧剤を倍に増やしますか、それとも体重を減らしますか」と、推定体重九十キロ超の主治医に迫られ、「痩せます。これ以上の薬は堪忍です」と、素直に同意したのだった。
医院から帰るなり、今日から米は食わん、パンも麺類もやめる、とよめはんに宣言した。「ほな、なに食べるのよ」と、よめはんがいう。「サラダや。サラダを主食にして、肉や魚や乳製品を食う」「へーえ、そう」よめはんは鼻で笑ったが、頑迷固陋(がんめいころう)、顔面姑息(こそく)なわたしは青虫のごとく一日半玉はキャベツを食い、煎餅(せんべい)、ぼた餅、みたらし団子、飴(あめ)、キャラメルといった菓子類も、いっさい口にはしなかった。
強固な意思の甲斐(かい)あって、しゅるしゅると痩せた。一年後には七十五キロになり、血圧も上が百三十、下が八十ほどになった。近所の爺(じい)さんたちとやっているテニスも、膝(ひざ)の痛みが消えて動きが軽い。なるほど、痩せるというのはこんなにええことやったんか――。
がしかし、メリットの裏には必ずやデメリットがある。外食ができないのだ。回転寿司、ラーメン、うどん、そば、丼物、パスタ……。近所の店で食えるものがほとんどない。とりわけ困るのが麻雀(マージャン)をしながら食うもので、雀荘(じゃんそう)にはサラダなどない。出前で頼めるのは糖質のものばかりだし、いつも行く北新地の雀荘はその出前の食い物がたいそう旨(うま)いのだ。
腹が減ったら戦はできんと、はじめはおろしそばを頼んだ。そして、その次はきつねうどん。次は親子丼。なしくずしに箍(たが)が外れて、炒飯(チャーハン)やオムライスになる。あっというまに七十五キロが八十キロにリバウンドし、これではあかんと、また糖質を制限する。その繰り返しで、最近は七十八キロを維持しているが、雀荘に行くと、また一、二キロは増えて帰ってくる。家に帰ると、放し飼いにしているオカメインコのマキが飛んできて“ゴハンタベヨカ ゴハンタベヨカ”と鳴くから、マキを膝にのせて餌を食わせる。混合餌の中にはヒマワリの種があるが、マキは食わないので、わたしが食う。旨いか。かなり不味(まず)い。
この五年、米を買ったことはない。炊いたこともない。「手間がかかるんやで。ご飯のない料理て」よめはんにいわれる。「飯がなかったら漬物がいらんし、味噌汁も飲まん。塩分が減って体にええんや」「屁理屈(へりくつ)はやめなさい、屁理屈は」「ごめんちゃいね」
よめはんはわたしのダイエットにつきあって五キロ痩せた。=朝日新聞2017年04月01日掲載
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