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瀬戸内の鯛 長野ヒデ子

 今回怪我(けが)した際に調べたら骨密度年齢が37歳! だから骨折もしなかったのかな。瀬戸内生まれの私。魚を食べて育ったおかげだ! 煮干しに貝、海藻にギザミと地元で呼ぶベラの仲間をよく食べた。ハレの日は鯛(たい)! 私は25年前に鯛がムギワラ帽子をかぶって出かける絵本を創った。その「たいこさん」が人気で25周年記念に鯛が富士山に登る絵本を出したほど、私と鯛は深い仲。

 「なぜ鯛が富士山に登ったかって?」

 実は義母の名前が「フジ」。義母は晩年「富士山を見たことない」と言う。

 「じゃあ代わりに私が」と富士山に登った。富士山と鯛は眺めるだけで嬉しく、めでたい!

 その義母は料理が得意で特に瀬戸内で獲(と)れる魚やエビで作った「ちらし寿司」は実においしかった!

 エビにアナゴにエソ、鯛など毎朝手押し車で魚を売りに来るおばさんに、前日に注文しておくと翌朝生きのいい魚がドーンと届く。

 義母は張り切って自分で魚をさばく。手際よく鯛とエビでソボロを。エビは飾りにも使う。アナゴも開いて白焼きにし、醤油(しょうゆ)と味醂(みりん)で味付け。庭の酸っぱい橙(ダイダイ)を搾って白身魚エソを焼いてその中に漬け、すし酢を作る。

 ♪人参(にんじん)さん~れんこんさん~シイタケさん~とお弁当箱の歌のように、タケノコ、ふき、さやえんどう、など旬の野菜や山菜は裏の畑で調達し具を作る。上に飾るシイタケの含め煮が、絶品の仕上がりで錦糸(きんし)卵も見事に細い。庭の木の芽もたっぷり摘んでくる。

 そして2升炊きの大きな釜でご飯を薪で炊く。気合が入っているのだ! 炊き上がると、大きなすし桶(おけ)にご飯を入れ、すし酢を振りかけすし飯を作る。

 私は団扇(うちわ)でパタパタ。いい香りが漂う正念場だ。2升で二桶も作る。台所の板間のすし桶にほれぼれ!

 「お味見だよ」と口に入れてくれると、これぞ口福! にっこりする私に「もう少し経つともっとおいしくなるよ」と満足な義母。それを重箱に詰めてご近所に配るのだ。「えっ! あげちゃうの?」

 「皆で食べるからいいの」と気前よく振る舞う。今も皆から「フジさんのおすしはおいしかった!」と言われる。私も挑戦するが、かなわない。魚と心意気が違うようなのだ。

 瀬戸内というと鯛めしやタコ飯が有名。あれは漁師さんが船の上で釣りたての鯛を海水であらったお米にのせ、船の上で炊き、波に揺られて食べる料理。今は観光料理。家庭では鯛は拝んで姿をめで刺し身か塩焼き。

 私は時々鯛になり、手がヒレになって、ヒレをヒラヒラさせて歌うのです。

 ♪たいたいた~いの たいこさん~せとうち せとうち たいこさん~ホレ! ♪たのしい本を~よみタイな~=朝日新聞2021年3月27日掲載