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第159回芥川賞・直木賞 選考会を振り返って

芥川賞の高橋弘希さん(右)と直木賞の島本理生さん=18日、東京都千代田区の帝国ホテル、松本俊撮影

 4度目の候補で芥川賞に決まった高橋弘希(ひろき)さん(38)。芥川賞と直木賞の候補を行ったり来たりして直木賞に決まった島本理生(りお)さん(35)。いずれも候補回数を重ね、着実に書き続けてきた作家が選ばれた。第159回の選考会を振り返る。

芥川賞 言葉にコストかけている

 芥川賞は、最初の投票で高橋さんの「送り火」(文学界5月号)が過半数を得たという。選考委員の島田雅彦さんが代表して選考経過を語り、「一つ一つの言葉にコストをかけていることがよく伝わる。最も読みにくい小説。しかしその読みにくさが何に由来するか、複数回読んで確かめずにいられない」と評した。
 次点はわずかの差で町屋良平さんの「しき」(文芸夏号)。「好感度が高い。多彩な人物に対する書き手の距離感が絶妙で、すごく新しい青春小説ではないか」と評価されたという。

類似表現 作家への注意喚起の機会に

 複数のノンフィクション作品との類似表現があった北条裕子さんの「美しい顔」(群像6月号)は「五感に訴えるディテールが少ない。出来事との距離が近すぎる」と4番手に。選考の場では盗用か否かなど一連の問題についても意見が交わされたという。「盗用ではないと選考会で確認したが、それで問題がないというわけではない」とし、安置所に並ぶ遺体を「ミノ虫」とする比喩表現が石井光太さんのノンフィクション『遺体』と同じだったことについて「不用意な言葉の使い方をしているので盗用疑惑が出てしまうのではないか」と述べた。
 「美しい顔」を掲載した群像編集部は、参考文献の未表記をおわびした。参考文献の扱いについて島田さんは、自身の見解として「小説は慣例上、発表時から細かく注をつけたり、引用を明示したりしてこなかった。参照した先行著作への敬意は個々の作家の良心に基づき、単行本の刊行時に巻末に載せる、事後承諾でもコメントしたり謝辞を述べたりすることで行われてきた」と説明した。
 被災当事者の視点で描いた「美しい顔」は、作家に震災とどう向き合うかを問うた。「あまりに生々しい被災者の体験に依拠した書き方は難しい。過去に震災を書いた人も、生々しい声を直接引用することは慎重に避けてきたのではないか。フィクション的装置を独自に工夫し、その中で震災に触れたり、震災体験を間接的に書いたりしてきた」と言い、「多くの作家への注意喚起の機会になった。個々の良心にゆだねられるものだが、深い経験となった」と続けた。

直木賞 抑制利かせて人間描いた

 直木賞は島本さんの『ファーストラヴ』(文芸春秋)に。最初の投票では窪美澄(くぼみすみ)さんの『じっと手を見る』(幻冬舎)が最も票を集めていたという。議論を重ね、窪さん、島本さん、3番手の上田早夕里(さゆり)さん『破滅の王』(双葉社)の3作で決選投票を行い、窪さんと島本さんの評価が逆転したという。
 選考委員の北方謙三さんは「ぎりぎりのきわどい勝負でした」と振り返った。「窪さんは文章がうまく、何でもない人間をきちんと書いている。島本さんは文章に抑制が利いていて、人間が描けていた」
 湊かなえさんの『未来』(双葉社)は「読者に受け入れられている方なので慎重に読みました」と前置きした上で「小説として面白いが、深いところに手が伸びているかが疑問。いろいろな事件が起きるが表層的で、小説の力になっているのか」と厳しい評価になった。(中村真理子)=朝日新聞2018年7月25日掲載