1. HOME
  2. 書評
  3. 「水族館の文化史」書評 竜宮城への通路で魂の安息所

「水族館の文化史」書評 竜宮城への通路で魂の安息所

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月28日
水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界 著者:溝井 裕一 出版社:勉誠出版 ジャンル:歴史・地理・民俗の通販

ISBN: 9784585222101
発売⽇: 2018/06/15
サイズ: 21cm/359p

水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界 [著]溝井裕一

 水族館に惹かれるのは海の一画を生物ごとざっくり切り取って水槽化して、海底世界の架空現実を反復するというスーパーリアリズム的芸術行為にある。度肝を抜かれてしまった子供の頃の驚きは今も色褪せず、水族館を訪れる度に感動の初心に戻るのである。
 水族館を訪れてガラス越しに夢想する世界は、幼年期に見た講談社の絵本『浦島太郎』である。幼児にとって浦島太郎の物語は現実の延長で、竜宮城への通路は水族館にあると半ば本気で考えるほど。僕にとっては四次元と三次元の境域などないに等しいのだった。
 そんな異界に通じる水族館こそ子供の夢の再現装置として、幾つになっても魂の安息所として永遠なのであると、そんな誇大妄想を小説にしたのがジュール・ベルヌの『海底二万海里』である。海底をわがもの顔に航行するネモ艦長の潜水艦ノーチラス号は地球の全海域を支配する。潜水艦の巨大な円形窓はそのまま水族館と化して、海底に没したアトランティスの遺跡や海底火山を目の当たりにしながら、神秘の海の深奥で航行を続ける。僕が血湧き肉躍るのは、生きた水族館を獲得できるからである。
 つい本書から離脱しておしゃべりが過ぎてしまった。本書は、まだ養魚池なんて呼ばれていた古代の水族「観」の時代から洞窟風グロッタ、パノラマ風水族館へと心をときめかしながら大型水族館の時代へと次第にスケールアップするさまを、克明に詳細に写真や図像によって説く。魚の見物、観察から非日常的体験ゾーンへと、人と海を結びつけながら未踏の魔術世界へと導く。水族館は今やディズニー化しています。
 さらにバーチャルな生物やロボットの魚の出現で人間世界の境域を超えた「向こうにあるもの」(神の領域のことでしょうか?)の世界に突入して、フィクションの世界をハイブリッド化の中で「神々と関係している」古代人のイメージに近づくのか、それとも。
    ◇
 みぞい・ゆういち 1979年生まれ。関西大教授(西洋文化史、ひとと動物の関係史)。著書に『動物園の文化史』。