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「金持ち課税」書評 総力戦の時代に高まる累進税率

評者: 齋藤純一 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月04日
金持ち課税 税の公正をめぐる経済史 著者:ケネス・シーヴ 出版社:みすず書房 ジャンル:財政

ISBN: 9784622087014
発売⽇: 2018/06/09
サイズ: 20cm/241,57p

金持ち課税 税の公正をめぐる経済史 [著]ケネス・シーヴ、デイヴィッド・スタサヴェージ

 消費税には敏感だが、所得税には意外に無頓着なひとが多いのではないだろうか。日本における現行の所得税率は7段階刻みで最高税率は45%。ちなみに1986年分は15段階で最高税率は70%だった。
 本書は、日本を含む20カ国について、最長2世紀にわたる課税情報を収集したデータベースを構築し、所得税・相続税の最高税率の変化を追跡したじつに手堅い研究の成果である。その分析によれば、19世紀には富裕層への重課税はほとんど行われず、それが累進的なものに転じたのは第一次大戦以後の総力戦の時代であり、1980年代以降は富裕層への課税は著しく軽減されてきている。
 社会が富裕層に重い税を課すのはどのようなときだろうか。民主化が進み、一般国民の政治的影響力が富裕層のそれを上回るようになるときか。不平等が拡大し、その是正を求める声が強くなるときか。それとも、資本の国外移動が経済に及ぼす悪影響が懸念されるときか。過去2世紀の歴史は、そのいずれでもないという事実を示している。
 富裕層への課税が重くなるのは、国家が富裕層に特権を与えており、それは不当だと国民の多くが感じるようになるときである。総力戦とそれに続く戦後の時期に累進税率が高かったのは、一方の犠牲(徴兵・徴用)と他方の利得があまりにも不釣り合いだと感じられたからである。
 不公正に対する補償の要求が強くなるとき、富裕層の税負担は重くなる。だとすると、国民の多くが動員されるような戦争がなくなった現代では補償の要求は提起されなくなるのか。本書が示唆するのは、逆進的な消費税と富裕層の実効税率との不釣り合いである。日々の税負担にあえぐ人々がいる一方で、種々の減免の特権にあずかる人々がいる。
 来年には消費税率がさらに引き上げられる。日本では、不公正の感覚が強くなるだろうか。
    ◇
 Kenneth Scheve スタンフォード大教授▽David Stasavage ニューヨーク大教授。共に政治学者。