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いまココにいる怪異を1000種以上紹介 朝里樹さん「日本現代怪異事典」

 『日本現代怪異事典』は事典と名乗るだけあって、項目の網羅ぶりに加えて索引も充実している。類似怪異、都道府県別、使用凶器、出没場所など、興味のおもむくまま、好きなところから拾い読みできるようになっている。岐阜発祥の怪異「口裂け女」が東西でディテールが異なる形で広まっていく過程など、多くの人が知る怪異のバリエーションを全国単位で俯瞰できるのも魅力だ。

――そもそも怪談を意識されたのはいつからなんでしょうか。

 物心がついたときに「学校の怪談」ブームがあったんです。小学校低学年なので、1990年代後半ですね。学級文庫にポプラ社の本が並んでいて、自然にこういう本があるんだ、と刷り込まれました。

――人と比べてマニアだったという自覚はあるんですか。

 マニアではないですが、妖怪や怪獣は好きだったので、興味を持って全部読んでいきました。もともと、本を読むのは好きだったんです。

――周りにはあまり怪談がなかったそうですね。

 うちの学校はなかったです。ベートーベンの肖像画はあったけど、「顔が険しいよね~」(笑)とか言っているくらいで(注:「ベートーベンの怪」夜中に音楽室を訪れると、ベートーベンの肖像画の目が光る怪異)。

――怪談好きの方にお話をうかがうと、年配のおじいさんから話を聞いて、といったことを言われますが、家族の間でそういう話があったのですか。

 家族のなかでも突然変異といいますか、両親も妹、弟も理系で、僕だけ文系。鬼太郎のアニメとかを見ていて、勝手に好きになっていった感じですね。最初は水木しげる先生なんです。幼稚園のころ、「妖怪事典」を読んで。小学校にあがると「学校の怪談」があって、中学にあがって、「ひきこさん」を知って、本格的にはまっていった(注:「ひきこさん」ぼろぼろの白い着物をまとった女性の怪異。雨の日に子どもを捕まえて肉片になるまで引き摺り続ける)。

――「ひきこさん」の世代なんですね。いつどのように知ったのですか。

 2001年ですね。都市伝説を扱ったサイトを読んでいたら、出てきた(笑)。学校で学級新聞を作るとき、都市伝説を扱おうということになって、ある意味、学校がきっかけではあったんですが(笑)。それをきっかけに、改めてアカデミズム的に読んでいったら、ハマってしまって。

――怖い小説もお読みになった?

 京極夏彦さんの「百鬼夜行」シリーズや、峰守ひろかずさんの「ほうかご百物語」シリーズを読みました。日本文学が好きで、古事記から現代文学まで何でも読みます。妖怪をやりたくて、大学に入ってから、上代文学をやりました。卒論は、古事記でも意外と扱われていない怪異を見つけて「日本神話の妖怪について」という題で書きました。今回、現代の怪異をまとめたので、次は上代文学をやって中古、中世、近世、近代と6つの時代でまとめてみたい。地域別の怪異のまとめはあるんですが、時代別って意外と無いんですよ。

――事典とか図鑑とか、もともとカタログ嗜好があるんでしょうか。

 事典を読むのは好きですね。妖怪や民俗学に関するものは読みますし、最近は寺社縁起の事典も読みます。いろんなところでつながっているので面白い。

――今回の本の執筆期間はどのくらいだったのでしょうか。

 就職してからの3年ですね。妖怪研究をしたいと思っていたのですが、文学で大学院にいっても職がないと言われたので、公務員試験を受けました。同人版が出たのが2017年1月。最初は50冊しか刷っていなかったんです。自己満足で作って、ツイッターで制作過程をアップしていたら、わりと評判よくて、思ったより売れてしまった。いままでこういう本があまりなかったのは需要がないからだと思っていたら、意外と潜在的に求めていた人が多かったんでしょうか。笠間書院さんに声をかけていただいて、1年かけて現在の形になりました。

――それまで同好の士はいなかった。

 いるにはいるんですけど、だいたい近代以前の妖怪が専門の方が多くて、現代ものを好きな人は創作の方に行く人が多く、調べる人はあまりいなかった。孤独な営みでした。

――怪異をどう集めていったのでしょうか。

 まず資料を読んで、気になるところに付箋を貼って、項目を作って、概要を打ち込んで解説を考えて打ち込んでいく。あとは同じ項目で追加の情報があれば、入れていく。データが飛ぶのが怖くて、週一くらいでバックアップを取りながら、という作業です。

――この本の特色は、ネット怪談まで範疇に収めたということですね。ネット怪談もたくさんありますが、掲載の基準はどんな風に?

 有名なものを優先していますが、あまり知られてなくても、ネットとして最初期のものや、ターニングポイントになる怪談を中心に集めました。まだまだ載ってないものの方が多いのですが。

――ネット怪談を調べているときに、最初期がどこかを見極めるのも難しい気がするのですが。

 ネット掲示板は比較的たどりやすいです。最初は「それは××で聞いた」という書き込みが多くて、遡っていくと「初めて聞いた」というのが出てくる。そういう周りの反応で判断します。旧2ちゃんねるですと、99年くらいまで遡れますね。まとめサイトにスレッドの断片が残っていて、日付の表示などをもとに類推して、アーカイブをたどっていくんです。また、個人の怪談サイトの場合、関連のリンクで繫がっているので、インターネットアーカイブに一つサイトが残っていれば、そこからたどっていける。たどりきれなくて収録を諦めた項目はないんですが、もっと昔に辿れるんじゃないかと思っている項目はありますね。

――もう一つの特長は「事実として語られているもの」が基準である点です。ネットの場合は難しいですよね。だれかが作ったものかもしれない。

 創作されたものであっても、広まる過程で事実として扱われていればいいかなと思っています。ただ、大学時代の先生から「(論文に)出典をつけなさい」とうるさいほど言われていたので、それは忠実には守っています。

――世の中に、これだけ怪談があるというのは、われわれにとって怪談というのはなくてはならないものなのかなとも思うのですが、怪談の存在意義はどこにあると思われますか。

 心に余裕がないときには怪談はなくて、心の余裕に入ってくるのが怪談や怪異だと思っています。なんでもかんでも合理的に解釈していると、次第に心の余裕がなくなっていく。分からないことに対して、何かわけのわからないものがわからないことをしていると考えられるような余裕が、人間にとっては必要なのではないでしょうか。科学で将来的にはわからないものがわかるようになっても、それに対して、また別の怪異が現れてくる。幽霊はいるのか、死後はどうなるのか、といった現在でも解明されていないことをきっかけに、怪談がいまでも社会で愛されている。お笑いもそうですが、社会にはそういう遊びの部分が必要だと思います。

――そうした思いをふまえて、今回の本をどういう形で読まれてほしいですか。

 もちろん自由に読んでいただきたいのですが、たとえば研究の起点であったり、創作の源泉であったり、もちろん、ただ読んで面白いと思ってもらってもいい。なにかしら、ここから始まる新しいことに活用していただけたらうれしいですね。

(構成:野波健祐)