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ほしおさなえさんインタビュー 「活版印刷三日月堂」ついに完結!

文:岩本恵美、写真:有村蓮

 近ごろ人気の活版印刷。活字を一つ一つ並べて版を組み、インクをつけて刷る。その凹凸感、にじみや揺らぎに、文字の存在をリアルに感じさせられる印刷方法だ。そんな活版印刷の世界を通して、不器用に迷いながらも前向きに生きていく人々を描いた「活版印刷三日月堂」シリーズがついに完結した。活版印刷の魅力や執筆の裏話、シリーズに込めた思いとは? 著者のほしおさなえさんに聞いた。

活版印刷への思い

――もともと活版印刷は好きだったんですか?

 好きですね。子どものころ読んでいた本が活版印刷だったこともありますし、父に連れられて印刷所で活字や紙型、印刷機を目にして「本はこうやって作られているんだ!」と感銘を受けたこともあって。いつか自分の作品集を活版印刷で作りたいと思っていました。ただ、私がものを書き始めた90年代は活版印刷が減りつつあるころで、活版で本を作るのは厳しい状況で諦めたんですけど、活版印刷が好きという気持ちはずっとありました。

――そんな中で「活版印刷三日月堂」シリーズが誕生したきっかけは何だったのでしょう?

 本に関わる仕事を続ける中で、出版するような小説とはちょっと離れた形で、自由に書いたものを作りたくて、ツイッターで「140字小説」というものを始めたんです。それが100編くらいまでいったあたりで形にしたいと思った時、いよいよ本当に活版印刷で本を出すことが難しくなってきたと感じて、だからこそ、やっぱり活版で作ってみたいという気持ちが強くなりました。それで、活版印刷について調べていく中で、活版というものを新しくとらえて、自分たちの新しい表現として使おうとしている人たちと仕事ができたらなと思って、活版印刷や紙物の雑貨を手がける九ポ堂さんと一緒にやることになったんです。

名刺サイズに収められた物語「140字小説」。写真は60種類のストーリーが楽しめる箱入りセット

 そうやって2013年ごろから活版に携わる人たちと関わっていく中で、短編連作でお仕事ものの話を書いてはどうだろうという話を出版社の方としていて、活版印刷のお話を作ろうという流れになりました。

こだわったのはリアルなこと

――「活版印刷三日月堂」シリーズは、主人公・弓子が父亡き後、祖父母が川越で営んでいた活版印刷所「三日月堂」を受け継ぐところから始まります。そこに心に悩みや迷いを抱える人たちが毎回訪れ、物語が進んでいきますが、読んでいてそれぞれが心に抱えているモヤモヤに共感することが多いです。

 わりとどこにでもあるような悩みではあります。何となく、私は現実にありそうな形で小説を作りたいというところがあって。どういう風に書いたら現実的にあり得る形になるかなと模索して考えて決めています。

 例えば、活版印刷を新しく始めた人たちの話を聞くと、大きく二つに分けられるんです。Webなどのデザイナーさんが活版印刷に触れて、つてをたどって印刷機を手に入れて始めるというパターンと、おじいさんの代で印刷所をやっていて、お父さんの代では違うことをやっていたけど、機械が残っているからやってみようというパターン。そういうところも参考にしています。

――弓子は後者のパターンですね。前者は三日月堂で活版印刷を学ぶデザイナーの金子さん。登場人物のバックグラウンドはそういう所からとってきているんですね。

 ちゃんとリアルに作りたいという気持ちがあって。

――実在の街である、川越を舞台にしたのもリアルを追求したからですか?

 具体的な街、現実の街にしたいというのはありました。古いものと新しいものが混在しているところを探していて。
 川越は実家が所沢なのでなじみがあったのと、街としてキャラが立っているのがいいなと思って、実際に行ってみたらすごくよかったんです。はじめは特に根拠もなくて勘だったんですけど、書いていくうちに川越で正しかったなと思っています。

――コースターや豆本、星座早見盤など各話に登場する活版印刷で作られる品々も、毎回魅力的です。

 これもやっぱり現実的に書きたいというところがあって、技術的に作ることが不可能なものは設定したくなかったんです。現実に作れるもので、かつ、ちょっとひねりがあるものを毎回考えています。
 それと、実際の活版技術というものを全部出していきたいという気持ちがあったので、印刷の技術として毎回違うものを入れることも意識していました。

――活版印刷で出来上がったものを見る機会はあっても、それがどういう技術でどのように作られているのかを知る機会はなかなかないので、勉強になりました。

 でも、印刷技術から発想しないといけない時もあって。例えば、3巻「庭のアルバム」で作ったツユクサのカード。ここは絶対、多色刷りの話を入れたいんだけど、多色刷りでどういうドラマを作ればいいのかっていう(笑)。

ツユクサのカード

――そんな縛りがあったとは……。

 縛りばかりでした(笑)。個人に宛てる手紙じゃなくて、不特定多数に配る印刷物から話が始まるという設定なので、数十部だけ刷る印刷物と登場人物の悩みを絡めるのがけっこう難しかったです。しかも、印刷技術もちょっとずつ違うものを入れないといけない。そこがちょっと苦しいところでもありましたね。

生き方にはいろいろある

――全4巻のシリーズとなった「活版印刷三日月堂」ですが、最初からこの構想はあったんですか?

 ゆるくはありましたね。一つ一つのお話は、三日月堂を訪れたお客さん目線で描かれていて、彼らが三日月堂に来ることで何かを得てちょっと変わって帰っていくという構成。でも、私の中では、大事なものを全て失い、自分が育った家に帰ってきた弓子という女性が再生する物語と考えていました。
 印刷所に帰ってきて、印刷機があって依頼もあったから、たまたま印刷の仕事を始める。最初は受け身な感じで、手探りで進んでいくんだけれども、弓子が印刷で生きていこうと思うところまでを書けたら、一段落つけるかなというのはありました。
 再生の象徴として、弓子が使えない大きな印刷機を動かして仕事ができるところまでを描けたらいいなと思っていましたね。

――最終巻では、特に人の生業について書いているのかなと感じました。

 そうですね。それを書きたいなと思っていました。戦後の日本では、サラリーマンみたいなあり方が普通であると言われてきたんですけど、今はそれが本当に安定しているのかも分からない時代。これから生きていかなくちゃいけない人たちが、どうやって生きていくのかということを考えた時に、「仕事をすることがすなわち生きることである」という意識をある時点で持たないと強く生きていくことができない気がしたんです。若いうちは、会社勤めがダメだったらフリーターでもいいやという感じで、今この場をつなげばいいという選択もある。だけど、それが一生続くわけだから、きちんと自分の行く道として仕事を定めないと、いつか立ち行かなくなるのかなという気持ちもありました。

 いろんなことがある時代ですが、どういう道を選んでも、好きなことをやるだけじゃダメで、いろいろとクリアしたり、工夫したりしないといけない。はじめ、弓子は何もかも失って印刷の仕事を始めるのですが、人のために手を動かしていく中で自分の居場所を見つける。人のために働くことが生きがいになる場合もある、ということを書きたかったんですよね。