8月に53歳で亡くなった漫画家のさくらももこさんは、だれの人生にも起きそうなささやかな出来事をていねいにすくいあげ、独特の感性で代表作「ちびまる子ちゃん」やエッセーに結晶させた。性別や年代を超えて広く愛された、その世界観とは。
さくらさんは高校時代、雑誌に少女漫画を投稿するも入賞せず、漫画家の夢を諦めていた。だが、作文の模擬試験を受けた際、採点員が書いてくれたこんな評価が人生を変える。
「エッセイ風のこの文体は、とても高校生の書いたものとは思えない。清少納言が現代に来て書いたようだ」(エッセー「ひとりずもう」)
自分に自信のなかった少女はうれしさで熱くなり、自宅の風呂場で水を浴びた時にひらめく。「エッセイを漫画で描いてみたらどうだろうか」(同)
代表作「ちびまる子ちゃん」では、押し入れの上段に布団を敷いてベッドに模したり、遠足に持っていくお菓子を、200円の予算内でどう買うべきかあれこれ頭を悩ましたりする小学3年の主人公まる子を通じて、ひそやかにときめく子ども心を活写した。
ぐうたらなまる子は、時に腹黒い。自転車に乗る練習にくじけた時に励ましてくれた友人を「情熱家の友人をもつとめんどくさいなあ」と思ったり、ずるをしてマラソン大会を休もうとしたり。面倒なことから逃げようとするまる子は、「普通」や「正しい」に窮屈な思いをする子どもたちの心に、よりそう存在でもあった。
「もものかんづめ」「さるのこしかけ」などのエッセーでは、「睡眠学習枕」なる商品を3万8千円で購入し失敗したこと、痔(じ)の疑いがある尻にドクダミの葉を詰めたこと、会社勤めをしたが居眠りで辞めることになったエピソードなどをつづり、明るい自虐で笑いを生んだ。お見合いを拒否し「尼さんになる」と言い出した実姉のことを、「織田裕二のファンであるところをみると、まだまだ俗世間に未練があり、出家どころではないであろう」(「たいのおかしら」)と分析するなど、鋭くユーモアに富んだ観察眼も輝きを放った。
1994年には男児を出産。描き下ろし作品で赤ちゃんを抱えた自分を描いたさくらさんは、「子供のために人生ささげるってかんじ?」と問われ、こう答える。
「冗談じゃないよ わたしの人生はわたしのものだよ この子の人生とは別モノだからね でも仲よくしていきたいね」
コミックスのおまけコーナーに「さくら先生の将来の夢」が書かれている。「76才とかそのくらいまで元気でチャキチャキ生きて、孫や近所の子供たちから『おばあちゃんが世界でいちばん大好き』と言われることです」(湊彬子)
俯瞰した視点、普遍的な共感 明治大・藤本由香里教授に聞く
「ちびまる子ちゃん」の特徴について、漫画文化を研究する明治大の藤本由香里教授に聞いた。
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「ちびまる子ちゃん」は、「サザエさん」を継ぐ国民的漫画と言えます。ただ「サザエさん」と違うのは、より時代を超えた普遍性があること。「サザエさん」は昭和の象徴と言われ、いま放送中のアニメを私たちは懐かしさを持って見ます。一方で「ちびまる子ちゃん」は物語の舞台こそ1970年代ですが、多くの方は懐かしさというより普遍的な共感を持って見ているのではないでしょうか。「サザエさん」は家族とご近所が中心なのに対し、「ちびまる子ちゃん」は家族を描きつつ、学校生活の描写も多い。誰もが経験した小学生の日常が、キーポイントとなっています。
日常生活を描いた漫画やほのぼのギャグ漫画は数多くありますが、個人に焦点をあてるのではなく俯瞰(ふかん)した視点から登場人物を描くのも「ちびまる子ちゃん」の特徴。特に少女漫画は主人公の心理描写が多いのに、主人公のまる子も他の人物も等価に描くという点で、まれな漫画です。
エッセー漫画は特別な体験を基にした作品が多いのですが、さくらさんは何でもない日常の喜怒哀楽を描いた。特別なことが起きなくても、子どもたちの日常は十分にドラマチックなんですね。(聞き手・加藤勇介)=朝日新聞2018年9月1日掲載