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文具の遺産 津村記久子

 自分がやたらノートを持っていることはこの欄で既報なのだけれども、今度はメモ帳とブロックメモが流行(はや)り始めていてまずいと思っている。最近お店に行くと、メモ帳というよりは、ふせん仕様のメモパッドのほうが品数が多かったりするのだが、着々と増やしているのは、裏面に糊(のり)がない純然たるメモだ。

 書いた小説を印刷して、見直しをする作業にかかるさいに、「注意」「戒め」のようなことを書き、ページが進むごとに右上に貼り直すということをやっていたのだが、がんがん貼り直していると、ふせんだとだんだん糊が弱くなってくる。なので、自宅の在庫にあった派手な水色のメモの裏にマスキングテープを小さい輪っかにして貼ったり剝がしたりすると、これが目立つし自分の利便に合った。探していたのは君だ。

 それからはメモブームだ。普段使いするには高価なメモ帳を「つらくなったら買おう」と思って心の高い位置に置き、納得価格のメモ帳は買いまくる。色が付いているとなおいい。これも既報だがわたしはメモ帳を作るのが好きで、買うのも好きになったとなると、これは料理が好きで食べるのも好きな人に相当することになる。メモ帳太りだ。

 最近、仕事先で文具が好きな人たちと、このペースでノートやペンやシールやマスキングテープなどを集め続けていると、人生で使い切れないのではないかということが現実的になってきた、という話をした。文化遺産ならぬ文具遺産だ。文具を好きな人たちは、だいたい文具全般が好きだが、それぞれに微妙な好みの偏りがある。特殊なノートや変わった色のペン、珍しいシールやご当地のマスキングテープなど、いろいろあるけれども、わたしの遺産はスーパーで買ったノートと、直液式の黒いだけのペンだ。それに手作りのメモ帳とお値打ち価格の色付きブロックメモが加わる。希少性が全くない。掘り出した未来の人はがっかりするだろう。せいぜい現世で使うしかない。=朝日新聞2025年7月9日掲載