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有吉佐和子「青い壺」文庫3冠 半世紀前の作品、直近2年半で50万部増刷

社内の資料室で復刊した「青い壺」を手にする山口由紀子さん=2025年6月11日午後、東京都千代田区の文芸春秋、伊藤宏樹撮影

 作家・有吉佐和子(1931~84)の連作短編集「青い壺(つぼ) 新装版」(文春文庫)が、オリコン、日販、トーハンの2025年上半期ベストセラーランキングの文庫部門で1位になる「3冠」に輝いた。11年の復刊から58万1千部を発行し、うち約50万部は直近2年半ほどで増刷された。

 「青い壺」は77年4月に単行本になり、80年に文庫化されたが、98年1月を最後に重版が途絶えて品切れになった。その後、2011年に「新装版」として復刊された。累計発行部数は83万6千部に上る。

 各話は家庭や職場などを舞台に、夫婦や親子らの揺れ動く心中や人間模様を描く「ホームドラマ」のような内容だ。第1話で陶芸家が手がけた青磁の壺をデパート社員が引き取っていくのを皮切りに、退職した勤務先の元上司に贈られたり、空き巣に盗まれたり。

 「初めて手に取る方にとっては謎の本。謎だけど読んでみよう、という方が増え、有吉さんの作品をよく知る層の外側の読者につながっているのでは」

 11年に復刊を担当した文芸春秋の編集者、山口由紀子さんは最近の主な読者層をこう分析する。

 有吉佐和子といえば嫁しゅうとめ問題を描く「華岡青洲(はなおかせいしゅう)の妻」や、介護問題をテーマにした「恍惚(こうこつ)の人」など、歴史ものや社会派作品を残したことで知られている。

 山口さんは十数年前、文芸春秋の資料室に並ぶ本の背表紙を見ながら、月1回の会議に向けて掘り起こせる「名作」がないか考えていた。すると読んだことがない「青い壺」が目に留まった。

 「美術関係のエッセー?」と戸惑ったが、どの話も読みやすく、すぐに「ハードルが低そう」と直感。会議で提案し、13年ぶりに「新装版」として復刊が決まった。

 22年12月、当時、小説「三千円の使いかた」がヒットしていた作家、原田ひ香さんが寄せた推薦文を帯に載せたことが大きな転機になった。

 「こんな小説を書くのが私の夢です」

 売れ行きが急伸し、1万部単位の重版が続いた。24年末にはNHKの番組で紹介され、2年半ほどで約50万部が売れたという。

 山口さんは、周囲の知人から読後の感想を聞くたび、様々な着眼点があることに驚いている。「いろいろな階層の人たちへの解像度が高く、リアリティーに富む冷静な筆致の根底には、人間愛がある。そこが有吉さんの一流の作家性なんだと思います」(伊藤宏樹)=朝日新聞2025年7月2日掲載