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「森を守るのは誰か」書評 人為的にコモンズを創る試み

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2018年09月22日
森を守るのは誰か フィリピンの参加型森林政策と地域社会 著者:椙本 歩美 出版社:新泉社 ジャンル:技術・工学・農学

ISBN: 9784787718112
発売⽇: 2018/07/05
サイズ: 20cm/321,18p

森を守るのは誰か フィリピンの参加型森林政策と地域社会 [著]椙本歩美

 「海は誰のものか」というと、「海はみんなのもの」という答えが返ってくる。当然、海の資源も皆のものということになろう。このような理屈で、誰もが好き勝手に魚を取っていると、資源はみるみるうちに枯渇してしまう。資源を維持するためには、利用する人や方法になんらかの制限を加えなければならない。
 つまり皆のものでありながら皆のものではない、それが海なのだ。このような性格をもつ資源の共同利用地は世界各地に存在している。日本では入会と呼ばれてきたが、現代では英語のコモンズのほうが通りがいい。近年、資源維持、環境保全の観点からコモンズへの関心が高まり、法学、経済学、民族学、森林学など、コモンズ論は分野横断的な学問分野となっている。
 しかし本書にはコモンズという言葉はほとんど出てこない。意外といえば意外であるが、それには理由がある。
 フィリピンを支配したスペインとアメリカは森林をも統治下に置いた。とくにアメリカは植民地経営の費用を捻出するために森林の囲い込みを行い、住民を締めだした。住民参加の道を開いたのは、独立後、それも1970年代後半になってからである。
 要するに、ここには森林コモンズが自生する余地があまりなかった。政府の採った「参加型森林政策」はいわばコモンズの空白地帯に人為的にコモンズを創出しようとする試みだった。政府の施策がうまくいくのか。成功させるための条件は何か。これらのことを現地調査を軸にし、関連文献を読破しながら考察したのが本書である。
 今日、コモンズは衰退の危機にある。このような流れの中で、コモンズを時代に即応させ、コモンズの原理を活かしていこうとする機運も高まっている。フィリピンの森林政策に特化した本書は、その特殊性を超えて、コモンズの再生と活用にも重要なヒントを与えるのではないだろうか。
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 すぎもと・あゆみ 1982年生まれ。国際教養大助教(国際森林環境学、フィリピン地域研究)。博士(農学)。