「この小説のアイデアが浮かんだのは、大学4年の頃。古代中国でなければ成り立たない犯行動機を思いついて、とても興奮しました。資料を集めたり、本を読んだりするのに時間がかかってしまい、書き上げたのは大学院の2年の時です。古代中国は僕にとってロマンを感じさせる舞台。現代の中国では失われてしまった、民俗学や宗教の要素を盛りこめるのも魅力的でした」
綾辻行人、京極夏彦、島田荘司……次々と中国語訳に
流暢な日本語でインタビューに答える陸さんは北京出身、金沢在住の29歳。日本の推理小説、とりわけ謎と論理の面白さを重視した〈新本格ミステリ〉に刺激され、創作活動をスタートさせた。上海の復旦大学在学中は、ミステリファンの集う学生サークルに参加。短編「前奏曲」での商業誌デビューを経て、16年に第一長編『元年春之祭』を発表した。
「日本の新本格ミステリには、とても大きな影響を受けています。ミステリはそれまでもマンガやアニメで触れていましたが、中国語に訳された新本格作品に出会って、その面白さに夢中になりました。中国では2000年代以降、綾辻行人先生の『館』シリーズなどが翻訳され出して、主に学生たちの間で人気を集めていったんです。京極夏彦先生、三津田信三先生、麻耶雄嵩先生、米澤穂信先生、それに新本格ムーブメントを生み出した島田荘司先生。好きな作家の名前をあげるときりがありません」
『元年春之祭』はそうした読書経験から生まれたもの。長安で生まれ育った於陵葵(おりょうき)は、祭祀にたずさわる地方の旧家・観家を訪れ、その家の娘・観露申(かんろしん)と知り合い、親しく言葉を交わすようになる。自我を重んじる葵と、伝統とともに生きる露申。対照的なふたりの人生が、青春小説のテイストを交えながら描かれてゆく。
「この小説の登場人物たちは、現代人と同じような感覚の持ち主です。中国の歴史小説では皇帝や大臣など、時代を動かした人物の物語が多いのですが、僕の世代はそういうスケールの大きな話にあまり興味を感じません。もっと普通の人たちの心の動きを描きたい。たとえば井上靖や中島敦、芥川龍之介の歴史小説のように、現代のセンスをうまく取り入れたいと思っています」
二度にわたる「読者への挑戦状」は「占星術殺人事件」から
不可解な状況で次々と発生する殺人事件。二度にわたって挿入される「読者への挑戦状」。漢籍の引用や、古代宗教にまつわる饒舌なディスカッション。中国で賛否両論を巻き起こしたというだけあって、かなり“尖った”作風であることは間違いない。
「エンターテインメントにしては読みにくい、という声も中国ではありました。京極先生や三津田先生、笠井潔先生を読んできた僕にとって、登場人物が長々と議論するのは、ごく自然の書き方だったんですけど。分からないところは飛ばしてもらっても大丈夫。僕も日本のミステリを読む時は、いつもそうしています(笑)。『読者への挑戦状』が入っていると、ミステリファンは嬉しくなりますね。島田先生の『占星術殺人事件』が好きなので、僕も挑戦状を二回入れることにしました」
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本書に続き、中国では『当且仅当雪是白的(雪が白いとき、かつそのときに限り)』、『桜草忌』とすでに2作の長編を上梓。どちらも現代を舞台にした学園もので、辻村深月や柚木麻子の影響が色濃いという。本格ミステリを軸に、幅広い作風にチャレンジしてみたいと語る。
「少女の世界をよく取りあげるのは、彼女たちの生きている世界が狭くて、人間関係を深く描けるからです。中国ではまだ少女の世界を扱ったミステリはほとんど書かれていません。他の人が書いていない小説を書きたいので、今後も少女小説には挑戦していきたいと思います」
中国ミステリの活況ぶりは、AKBと似ている
近年中国では、陸さんのように本格ミステリを志す若手作家が次々とデビューしているという。その活況ぶりを陸さんは、日本のアイドルシーンになぞらえる。
「中国の若いミステリ作家たちは、AKB48とよく似ていると思います。僕はAKB好きだけど、これは冗談ではありません(笑)。中国で本格ミステリを書いている若者は、推理小説の専門誌でデビューしますが、最初のうちは文章も下手で、トリックもめちゃくちゃです。アマチュアのままデビューして、読者とともに成長していくんです。そこがファンに支えられて成長する、育成型のアイドルと同じだと思います」
昨年ミステリランキング上位を占めた陳浩基『13・67』をはじめとして、中国語圏のミステリが注目を集めつつある。そんな中でも『元年春之祭』は、過剰なまでの“本格ミステリらしさ”でひときわ異彩を放つ作品だ。いびつともいえる全体の構成も含め、著者の若々しい情熱と稚気がみなぎる、華文ミステリの逸品である。同好の士はお見逃しなく。
「この先、もっと完成度の高い作品は書けたとしても、ここまで奇想に溢れて、大胆なミステリは書けないと思います。麻耶先生の『翼ある闇』のような、やりたいことを全部詰めこんだ作品。あんな傑作ではないですが(笑)。未熟で恥ずかしい部分はあっても、僕にとっては青春そのもの。作家というよりファンの立場で書いた小説なので、本格ミステリが好きな人なら楽しんでもらえると思います」