どうして自分は食べ物に執着がないのかと自問しながら、この連載、僕の担当は今回で最後です。
ずっと演劇をやっている、ということも食への執着を減らしている原因だと思います。
稽古中はとにかく時間がないので、食べることが物凄(ものすご)く早くなります。丼物なら3分、定食なら5分もあれば食べ終わる自信があります。まったく意味のない自信で、じつに身体に悪いと思いますが、癖になってしまいました。
仕事じゃない時も、早飯の習慣が取れません。たまに接待でフランス料理なんかに招待されて、一品食べ終わって待ち、また一品食べ終わって待ち、をくり返しているうちに「ああ!もうまとめて持ってきて!」と叫びそうになります。
早いですから、当然、味わっている時間はありません。よくない習慣だと自分では分かっているので、なんとかゆっくり食べようと思うのですが、気がつくと集団の中で自分が一番早く食べ終わっていることがよくあります。
ずっと35年あまり、若い奴(やつ)と常に演劇をやっています。昔は自分も若かったですし、今は俳優の卵と演劇をやったりします。
稽古の後の飲み会になると、当然、高価なお店には行けません。チェーン店の居酒屋が多いです。
演劇を始めて、ずっと大衆居酒屋で飲んでいます。還暦になっても、やっぱり同じです。で、それが嫌かというと、まったく嫌ではないのです。
そういう演劇生活を30年以上続けてきたことも、食への執着のなさの理由かと思います。
ロンドンで芝居を演出した時、稽古が終わると、イギリス人俳優と一緒に、イギリスの居酒屋であるパブに行きました。ビールはうまいのですが、壊滅的におつまみがありませんでした。
せいぜい、ピーナッツとポテトチップス。そして、フライドポテト。
食にこだわらないと自覚していた僕も、さすがにこれにはうんざりしました。ただし、イギリス人俳優達は、パブで小一時間ほどビール片手に、今日の稽古の感想や提案を語り、そして解散しました。本格的な食事は、各自がその後に取るのです。
このシステムには感動しました。こっちは「ちょっとだけ飲む?」と言いながらそれがちょっとだけにならない日本人で、イギリス人は「一杯だけ飲む?」と言えば本当に一杯だけでした。
その小一時間で、急速に仲良くなったり集中的に大切なことを話すのです。ダラダラと時間を消費しない「居酒屋の知恵」に感動したのです。
と、やっぱり食以外のことに関心が移ります。ゆっくり食べながら、もっと食事を楽しもうと思います。はい。=朝日新聞2018年9月29日掲載
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