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「NOでは足りない」 温暖化対応に必要な大胆な跳躍  朝日新聞読書面書評から

評者: 齋藤純一 / 朝⽇新聞掲載:2018年10月13日
NOでは足りない トランプ・ショックに対処する方法 著者:ナオミ・クライン 出版社:岩波書店 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784000018258
発売⽇: 2018/07/27
サイズ: 20cm/333,4p

NOでは足りない トランプ・ショックに対処する方法 [著]ナオミ・クライン

 かつてキング牧師は、アメリカの市民が克服すべき「主義」として、人種主義、物質主義、軍国主義の三つを挙げた。トランプ大統領がこれらの「主義」を忠実に体現していることは見紛う余地がない。白人至上主義を勢いづかせ、イスラーム教徒やヒスパニック系移民への中傷を繰り返す。パリ協定から就任早々に離脱し、企業活動への規制を取り払う。そして、ただでさえ異常なまでに膨らんでいる軍事予算の増額をはかる。
 トランプ大統領は、間違いなくアメリカ社会の最悪の部分の申し子である。著者によれば、彼は「極端」ではあっても「異常」な人物ではない。明日退陣したとしても、彼を大統領に押し上げた底流が消え去るわけではない。
 トランプ政権は今年5月、イラン核合意から離脱し、原油価格の高止まりをもたらした。本書は、「オイルまみれ」のこの政権が原油価格をつり上げることへの強い動機をもっていることを的確に指摘している。原油価格が上がれば化石燃料への需要が増え、掘削や輸送、販売に利権をもつ者を潤すからである。イラク戦争がそうだったように、世界市場にショックを与える紛争や戦争はその格好の手段になる。実際、この政権には軍産複合体の利益代表者も同じ穴の狢として巣くっている。
 気候変動への著者の危機感はとりわけ深い。温暖化への対応という点ではいまこそが正念場であり、「前よりうまく失敗する」機会は二度と訪れない。「小刻みの歩み」ではもはやどうにもならず、「跳躍」が必要である。「テイク」(取ること)から「ケアテイク」(配慮し、維持すること)への大胆な跳躍である。
 巻末には、どう跳躍するかについて市民たちが練り上げてきた綱領「リープ・マニフェスト」が付されている。いま自然や人間からの収奪によって利益を上げている企業からの投資撤退(ダイベストメント)を推し進め、教育や介護・看護など低炭素の経済部門を拡張していくことがその柱になる。著者によれば、「思想をめぐる闘い」に同時に参入しなければ、そのつどの「否」には限界がある。単なる現状への否はポピュリズムを再燃させる燃料にもなりうる。
 日本はこの夏もひどい集中豪雨を経験したが、温暖化が惹き起こす洪水や干ばつは近年世界の飢餓人口を増やしてもいる。脱炭素社会に向けた取り組みはすでに始まっているが、その努力は「小刻みの歩み」を超えるものを導けるだろうか。気候変動への対応を鍵として、社会のあり方を「ケアテイク」に向けて再編していく協働を組織できるだろうか。本書の問題提起には逡巡を許さない迫力がある。
    ◇
 Naomi Klein 1970年、カナダ生まれのジャーナリスト。『ショック・ドクトリン』など新自由主義の弊害を告発してきた。『これがすべてを変える』では気候変動問題を取り上げた。