「反移民」を増幅 実際の政治に影響
LGBTをめぐる企画が引き金となった月刊誌「新潮45」の休刊には、政治家や「論客」による言論が過激化しやすくなっている現在の日本の空気がある。2016年の国民投票で欧州連合(EU)離脱を決めた英国では、移民への差別や排外主義をあおる過激な議論が、国民投票の結果を左右するまでに至った。過激な言説が広く流通するメカニズムを英国在住のジャーナリスト、小林恭子さんに論じてもらった。
「新潮45」で、杉田水脈(みお)衆院議員が同性カップルを念頭に「子供を作らない、つまり『生産性』がない」と主張し、それに対する擁護の声を集めた特集を編集部が掲載したことに、大きな批判の声があがったという。その結果、雑誌そのものも休刊へと追い込まれたというが、こうした差別的で偏った言説が、大手の著名な雑誌に掲載されたということ自体が、驚きを持って受け止められたのは当然のことだろう。
英国でもいま、過激化した言説により、メディアに深刻な分断が起こっている。そもそも英国には、人種や宗教はもちろん、性別や性的指向による差別を禁じる法律が多数ある。また、新聞もBBCのような放送メディアも、市民の側に立った権力監視を期待されている。
一方、英国では伝統的に、高級紙から大衆紙まで多くの新聞が旗幟(きし)を鮮明にしてきた。16年のEU離脱を問う国民投票を巡っても、激しい対立があったのは周知の通りだ。
英国では移民政策への不安やエリート層への長年の不満がマグマのようにくすぶっており、それを草の根の分離運動や英国独立党のキャンペーンがくみ上げ、強烈な個性をもつ政治家が拡散した。一部の大衆紙やネット上のソーシャルメディアがそうした拡散の舞台になった。最終的に声が大きい方が勝り、国民投票でEU離脱が決まるという極端な結論につながった。
反移民を唱える離脱派の過激な発言はまず保守系の大衆紙、デイリー・メールやサンに出た。それを他の大衆紙やソーシャルメディアが追いかけ、保守系高級紙のデイリー・テレグラフなどへと広がっていった。やがて、離脱派と残留派双方の意見をとりあげる形でBBCも過激な発言を扱うようになり、ついには実際の政治に影響を与えるに至った。
扇情的なメディアとネットが共鳴し、過激な意見が幅広く流通するという点で、英国は米国に似ているところがある。異なるのは、世論をあおる政治家が英国独立党のファラージ元党首やボリス・ジョンソン前外相にとどまり、キャメロン前首相やメイ首相がトランプ大統領のように攻撃的な言動を見せていないことだ。野党労働党のコービン党首も同じ状況を利用し、党内外の支持者を組織する運動を浸透させている。
日本のメディアはまだ、こうした英国ほどの致命的な分断には陥っていないように見える。主要メディアの力を借りて極端な意見が政治運動にまで発展し、それが政治を動かすようなところまではいっていない。
「新潮45」の休刊を他人事にせず、状況を冷静に分析し、問題を可視化する水際の努力がいま、日本のすべてのメディアに求められているのではないだろうか。 (聞き手・構成 大内悟史)=朝日新聞2018年10月17日掲載