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夜の夢こそまこと、悪夢に魅せられるホラー小説4作

 三津田信三『犯罪乱歩幻想』(KADOKAWA)は、ミステリー界の巨人・江戸川乱歩の世界を21世紀に蘇らせた「江戸川乱歩トリビュート」短編集である。
 古びたアパートに引っ越してきた男が怪異に見舞われる「屋根裏の同居者」、猟奇の徒が集う秘密クラブの一夜を描いた「赤過ぎる部屋」、芸術家が暮らす坂道での殺人事件を扱った「G坂の殺人事件」。乱歩の代表作をもじったタイトルはもちろんのこと、ストーリーや舞台設定、人名・地名にいたるまで、数多くの乱歩作品が参照されていて、著者の乱歩マニアぶりがうかがえる一冊になっている。
 その一方で、二転三転するどんでん返しや、恐怖シーンの大胆な導入は、ミステリーとホラーの両分野で活躍してきた三津田信三ならではの味わい。トリビュートが単なるお遊びに終わっていないのが素晴らしい。乱歩作品に特有の〝暗さ〟や〝後ろめたさ〟を失うことなく、「犯罪」と「幻想」を見事にアップデートした本書は、これまで多くの作家に試みられてきた乱歩トリビュートの決定版といえるだろう。巻末に収められた2編のホラー短編(それぞれ『リング』と『ウルトラQ』のトリビュート)も実に美味しい。

 アメリカ作家、エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』(アトリエサード)は、収録作すべてが夢をもとに執筆されたという、珍しいホラー短編集だ。
 アフリカ奥地に伝わる呪術によって人面疽が浮かびあがる表題作、娘を失い悲嘆にくれる夫婦に奇跡が訪れる「ピクチャーパズル」、ペルシャの砂漠に凶悪な怪物が出現する「アーミナ」と、世界各地を舞台にした極彩色の恐怖を味わえる。
 短いながらもぞっとさせられるのが、山奥の一軒家での恐怖を描いた「夢魔の家」。「夢に見たままを、一字一句違えずに書いたもの」という著者の言葉には驚かされるが、小説全体をぼんやりと覆っている不安感は、なるほど夢の手ざわりを思い出させるものだ。
 ホワイトは歴史小説執筆のかたわら、怪奇小説にも手を染めた20世紀前半の作家。本書はその貴重な作品をまとめて読むことができる、ファン垂涎の一冊である。

 『黄泥街』(白水社)は1992年の初訳以外、長らく入手困難な状態にあった中国現代作家・残雪の衝撃的デビュー作。
 黄泥街とは、ある町の外れにあった通りの名だ。まっ黒い灰がいつも降り注ぎ、どこもかしこも薄汚れているその通りでは、腐った果物が売られ、おかしくなった動物が人間にかみつく。住人たちは明日に怯え、「千万人百万人の首が落ちる」といった不吉な噂に右往左往するばかり。池に浮かぶ死体、さまよう幽霊、蔓延する疫病。悪臭と汚泥にまみれた黄泥街で巻き起こるいくつもの事件が、破滅の予兆とともに描かれてゆく。
 通りの住人たちはよく眠り、よく夢を見るが、どうやら黄泥街そのものがひとつの失われた夢の世界らしい。そこでは現実と夢、自分と他人の境界線が、照りつける太陽のもとどろどろと溶解してゆく。イメージの奔流に圧倒される、幻想小説の傑作だ。

『走馬灯症候群』(双葉社)は、『星宿る虫』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した新鋭・嶺里俊介のデビュー第2作。
 1990年代初頭、次世代の通信インフラ開発に邁進する大手通信会社NJTTでは、突然死を遂げる者が相次いでいた。亡き大学教授の遺志を継ぎ、「夢喰い」と呼ばれる奇病について調査していた文化人類学者の牧野は、NJTTに勤める中学時代の後輩・咲元がすでに病に冒されていることを知る。夢喰いに感染した者は、最も古い記憶から最近まで、アルバムをめくるように過去を夢に見るようになる。そして夢が現在に追いついた時、死が訪れるのだ。牧野は咲元を救うことができるのか。
 こうした感染系のホラーでは、鈴木光司『リング』、澤村伊智『ずうのめ人形』と傑作がすでに書かれているが、会話をするだけで感染する(電話ごしの会話でも!)というアイデアにはおそらく類例がない。走馬灯のような夢が死のカウントダウンになる、というアイデアにも独自性があった。著者にはぜひこのままエンタメ・ホラー路線を突き進んでもらいたいものだ。

「うつし世は夢 夜の夢こそまこと」とは、生前の江戸川乱歩が好んで記したフレーズである。夜ごと訪れる怪しい夢の光景は、昔も今も作家たちにインスピレーションを与えている。