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『「リンゴの唄」の真実』書評 希望と悲壮、多様な受容が交錯

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2018年12月01日
「リンゴの唄」の真実 戦後初めての流行歌を追う 著者:永嶺重敏 出版社:青弓社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784787220790
発売⽇: 2018/10/15
サイズ: 19cm/194p

「リンゴの唄」の真実 戦後初めての流行歌を追う [著]永嶺重敬

 1981年生まれの私でさえこの曲を知っているのは、ドキュメンタリー番組で、終戦直後の白黒の写真をバックに流れているのを聞いたからだろう。明るい歌とも感じなかったが、長らく軍歌や報国の歌ばかり聞いていた人びとにとって、どれほど清新なインパクトを持って「リンゴの唄」が受け止められたかは想像できた。しかし、本書を読むと、その受け止め方には実に幅があったことが分かる。
 映画「そよかぜ」の劇中歌となり、主演の並木路子が歌ったこの曲は、次第にラジオを通じて戦後日本に浸透していった。コンサートでは当時高級品のリンゴを会場に投げるパフォーマンスも相俟って人びとを魅了した。本書は、作詞のサトウハチローがいつ歌詞を書いたか、という従来曖昧になっていた点について、戦後の作詞という結論を出しているが、この点についてはサトウ自身の、戦時中に書いたという証言もあるという。ふと一行を書き留めた時期と、それに肉付けをしてまとめた時期に時間的なギャップがあることは珍しくない。息苦しい戦時中の空気の中で、サトウの脳裏に自由を渇望するかのように無垢なリンゴのフレーズが思い浮かんでいても不思議はないだろう。
 人びとの証言を集めた第5章が最も読ませる。引き揚げ船で聞かされて希望を感じた者がいる一方で、戦前の流行歌と比べると急激な歌詞内容の変化に「内地から印度洋の孤島に向うときの気持より、もっと悲壮な気持」になり、不安や悔しさを感じる人もいた。満州で死んだ父親の後を追おうとして引き揚げ船の船員に止められ、リンゴの唄を聴かされて泣きながら一緒に歌ったというなかにし礼の「残酷な歌」という実感は強烈だ。戦後日本の「希望の歌」として語られてきたこの歌の受容を凝視することは、結果として日本人一人一人の「あの戦争」の有りようの多様さをも浮き彫りにしている。
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 ながみね・しげとし 1955年生まれ。大衆文化研究者。著書に『オッペケペー節と明治』『流行歌の誕生』。