「かっ、かっ、かっ」。俳優が単語以前の音を発する。
岡本章さん主宰の劇団「錬肉工房」の舞台「現代能楽集 西埠頭(ふとう)/鵺(ぬえ)」の冒頭だ。黒白を基調とした舞台。俳優は混沌(こんとん)から言葉が結実してくるのを逃さぬように動く。「かなしき」――暗闇の中、言葉が立ち上がってくる瞬間に、観客は居合わせる。
1971年に「錬肉工房」を結成。言葉と身体の関係を問い直し、新たな可能性を追究してきた。「能をてがかりに伝統と現代の関係も模索し、連作企画『現代能楽集』が生まれた」。大学時代に能楽師・観世寿夫の能に衝撃を受けたことが背中を押した。「現代能楽集」は89年に始動。三島由紀夫が戯曲「近代能楽集」で巧妙に避けた能の身体技法に切り込む試みでもある。能「姨捨」「井筒」などを題材に2017年までに14作を上演。全て演出し、多くに出演した。
本書は岡本さんらの論考、演者のエッセー、シンポジウム、座談会の記録などを収録。岡本さんが編著者に。文化全般、社会も射程に入れ、伝統と現代の関係を問いかけたいという。
「出演する能楽師には能の型、様式をかなぐりすて、ゼロ地点に立ってもらう」。共同作業する美術家も音楽家も同じだ。「そして断絶した伝統と現代に共通する根っこを探る」。自然と作品ごとに適した言葉、身体の技法が選ばれる。「世阿弥のいう、刻々変化する『花』とはこういうものでは」。98年初演の「ハムレットマシーン」では能楽師の面を上演中に外すという能の禁忌に挑んだ。「一種のエロチシズム。死者たちの声と共に無垢(むく)な何かが立ち上ってきた。同時に自分の顔の皮がはがされる感覚もあった」
理論的ヒントは「言語意識の表層と深層を分類した」井筒俊彦の言語哲学だった。「深層領域は、概念の留め金が外れてアメーバ状。そこに行く時、はっと目が見開かれる刹那(せつな)があり得る。劇的瞬間です」
10月、伝統劇をテーマにした韓国での演劇フォーラムに招かれ、再認識した。「ギリシャ悲劇のコロスは個我を超える。常にゼロ地点=深層へと降りていく。そこに言葉と身体の新たな可能性のカオスがある」(文・米原範彦 写真・伊ケ崎忍)=朝日新聞2018年12月8日掲載
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