「魯迅と紹興酒 お酒で読み解く現代中国文化史」書評 友と語りあうような時に乾杯!
ISBN: 9784497218193
発売⽇: 2018/10/30
サイズ: 19cm/271p
魯迅と紹興酒 お酒で読み解く現代中国文化史 [著]藤井省三
年末年始を、酒を切り口として現代中国文化史を熟(こな)れた筆致で描いた本書と過ごし、友と語り合うような愉しい読書の時を持った。李白の「山中にて幽人と対酌す」の心地で、少々微醺(びくん)を帯びながら。
魯迅や莫言などの翻訳で知られる著者は、日中平和友好条約が結ばれた翌年の1979年、政府間交換留学生制度の第1回留学生として初めて中国を訪れた。当時は、食堂では量り売りのぬるいビールが一般的で、大バケツに入った茶色の液体を柄杓(ひしゃく)で汲んで丼に注いで出てくるのを鷲づかみにして乾杯したという。
以来、約百回に及ぶ訪中は、改革・開放経済体制の時期と重なり、自ずとその変化を見続けることとなった。北京の庶民の酒といえば、度数が50度以上ある二鍋頭(アルクオトウ)という白酒(パイチュウ)だったが、平均収入が上がるにつれて、ワインやカクテルへと好みが移っていった。さらに習近平が反腐敗運動を進めてからは〝公宴〟での飲酒が禁止され、〈小杯が触れあう音が風鈴のように響く〉中国式宴会の乾杯の風景が見られなくなった。
著者と共にそれらを惜しみながら、評者も92年に日中文化交流協会の作家代表団の一員として初めて中国を訪れた際に、北京郊外の店で同世代の通訳者と白酒の杯を重ねながら、日中の近代化の道筋の違いについて熱く議論をしたことが懐かしく思い出された。
書名にある魯迅と紹興酒の話も味わい深く、魯迅の生地である紹興がモデルのS市の酒楼で再会したうらぶれた中年男二人が、一升四合近い紹興酒を飲みながら語り合う「酒楼にて」には、辛亥革命の夢破れて大酒を飲まずにはいられない辛い時代背景があるとし、魯迅の酒量を推察する。
台湾の李昂の初期の代表作『夫殺し』は、清酒白鹿が重要な役割をなす。著者は李昂を訪ねた際に、免税店で見つけた白鹿の一升瓶を抱きかかえて機内に持ち込み手土産とした。そんなエピソードの数々に乾杯(カンペイ)!
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ふじい・しょうぞう 1952年生まれ。東京大名誉教授。著書に『魯迅と日本文学』『村上春樹のなかの中国』など。