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「ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン」書評 信仰と知識の「境界」を渡る旅

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2019年02月23日
ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン 著者:ジェラルディン・ブルックス 出版社:平凡社 ジャンル:その他海外の小説・文学

ISBN: 9784582837919
発売⽇: 2018/12/08
サイズ: 20cm/447p

ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン [著]ジェラルディン・ブルックス

 17世紀中ごろ、イギリス領アメリカ植民地北東部の島に、ワンパノアグ族のチェーシャトゥーモークという若者がいた。イギリス人にケイレブと呼ばれた彼は、先住民初のハーバード大学卒業生となるが、1年後に肺結核のため死去してしまう。著者は想像力を駆使し、この実在の人物を小説の中によみがえらせた。
 語るのは、ケイレブと同年代の植民地の少女ベサイア。牧師の娘でありながら、先住民の信仰や生活に興味を持ち、ケイレブの親友かつ最大の理解者となる。女に学問はいらないといわれるのに反発し、父親が兄やケイレブに勉強を教えはじめると、家事や育児をしながら、ラテン語やヘブライ語を聞き覚えてしまう。
 ベサイアやケイレブを取り巻くのは、信仰に篤い社会であり、イギリス人と先住民の神々が厳しく対立する世界だ。ベサイアは、母親が死んだのは、自分が一度、異教の神々を求めたからだと信じている。ケイレブのおじテカマックは呪術師(ポーウォー)で、精霊と交信して病気を治癒したり天候を急変させたりする。他方、ハーバード大学は宣教のために先住民の若者の教育を目指すが、その試みは長く続かない。1675年に先住民とイギリス人との大規模な戦争が起こったからだ。
 原題は「ケイレブのクロッシング」。クロッシングとは「渡ること」という意味である。登場人物たちの「渡りかた」は多様だ。ケイレブはイギリス人の世界に渡り、ヨーロッパの古典を学ぶが、死の床で彼が求めていたのはテカマックの言葉だ。ベサイアも、臆せず先住民の世界に足を踏み入れるだけでなく、貪欲に知識を求めることで女性の領分を超えようとする。その彼女が懸念するのは、戦争以降、先住民とイギリス人との関係が悪化したことだ。故郷の島で穏やかな晩年を迎えながら筆をおく「境界ごえ」の物語は、激しさを増す先住民への横暴に対する静かな抗議として読むこともできよう。
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Geraldine Brooks オーストラリア生まれ。新聞記者を経て作家に。『マーチ家の父』でピュリツァー賞。米国在住。