「ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ」
本書は、少女性愛者の手記の形をとった著者の代表作だ。
著者は一八九九年ロシア生まれ。ロシア革命で国を離れ、アメリカに移住。ロシア語で小説を書いた後、第二言語の英語で執筆を始め、本書によって一躍ベストセラー作家となった。
ロリータという言葉が背負うイメージや、映画の鮮烈なビジュアルから、わたしは“大人びた色気を放つ少女が中年男性を誘惑する寓話(ぐうわ)”とばかり思っていた。初読の時、ぜんぜんちがって腰を抜かした記憶がある。
移住者ハンバートは、アメリカの地で理想の少女(ニンフェット)を求め、知人女性の十二歳の娘ドロレスに目をつける。女性と結婚して娘の義父となり、さらに、妻の事故死によって娘と二人暮らしに。ドロレスは、ハンサムな外国人の義父に、同級生とするような性的なじゃれあいを仕掛けたことから、恐ろしい生活に陥る。義父に命じられるまま、幾度も相手をさせられることになったのだ。事情を知らない教師は、ドロレスが敵対的で、不満そうで、閉じこもりがちな子供になり、成績も落ちたことを訝(いぶか)しむ。
生身のドロレスは、ごく普通の子供だ。ハンバートも内心気づいているのに、夢を見続けたいから目を背ける描写が繰り返される。ドロレスは自分以外の誰かになりたいと、女優を目指すように。やがて家出。十七歳で、夫を持つ妊婦として義父と再会。そのとき二人はどんなふうに対峙(たいじ)したのか……?
わたしは本書を読んで、移住者が身寄りのない少女を、つまり、弱いものがさらに弱いものを、支配し搾取する構図に、現代性を見るように思った。
じつは円環構造になっているので、読み終わったらぜひ序に戻ってください。さりげなく挟まれた“リチャード・F・スキラー夫人は出産中に亡くなった”という文面のほんとうの意味に気づいたわたしは、一人の女性の実人生を思って、崩れ落ちる思いで本を閉じました。(小説家)=朝日新聞2019年3月16日掲載
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