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「騎士団長殺し」の装画家、「ぬにゅ~ぽんぽん」で絵本作家に 「チカツタケオ」と「ちかつたけお」

文:加治佐志津、写真:有村蓮

―― 絵本の制作は今回が初めてだそうですね。絵本にはもともと興味をお持ちだったのですか。

 そうですね。絵本を作ってみたいという思いは前からありました。子どもの頃から、図鑑が好きだったんです。昔の、写真ではなくて絵で描かれた図鑑。昆虫図鑑なんかは本当によく眺めていました。その頃からどちらかというと、文章を読むよりは絵を見ていることの方が好きで。絵本は絵が中心で、絵で情報を伝えることができる。絵本に惹かれる一番の理由はそこですね。

 今回、絵本の仕事に初挑戦することになったのは、文芸の仕事でお世話になっていた編集の方が児童書の部署に異動されて、「一緒に絵本の仕事をしてみませんか」と声をかけてくれたのがきっかけです。2017年に、桜木紫乃さんの『砂上』という小説の装画を担当しました。40代の女性が手厳しい編集者との出会いを機に作家としてデビューするまでを描いた小説なんですが、その『砂上』の編集を担当された方が、僕の絵本デビュー作『ぬにゅ~ぽんぽん』の編集者なんです。2年前には思いも寄らなかったことです。

装画を担当した単行本の一部。左から『素敵な日本人』(東野圭吾、光文社)、『砂上』(桜木紫乃、KADOKAWA)、『プラスチックの祈り』(白石一文、朝日新聞出版)

―― 『ぬにゅ~ぽんぽん』のアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか。

 初めての絵本なので、最初はすべてが手探りでした。絵本の歴史から勉強した方がいいかなと、図書館に行って本を借りてみたりもしたんです。でも本屋さんや図書館の絵本コーナーを見ていたら、すでにいろんなことがやり尽くされているように感じたので、逆に知らないままの方がいいなと思って、その後は見ないようにしました。あのときいろいろと勉強していたら、もっと迷走してしまっていたかもしれません。

 僕には子どもがいるわけではないので、とりあえず自分が面白いと感じるものを作ろう、と考えました。それをどう子どものためのものにしていくかは、編集の方と相談していけばいいことなので、まずは今までとは違う目線で、新しいことができないかなと。

 いくつかアイデアを出している中で、「ターミネーター2」の液体金属みたいな質感の変化で何かできないか、という案があって、それが『ぬにゅ~ぽんぽん』の原点となっています。当初は2色のアート寄りの絵本のイメージで、ページ数も多く、年齢も特に設定していませんでした。

「ぬにゅ~ぽんぽん」(KADOKAWA)より

―― 最終的には1、2、3歳を対象としたカラフルな絵本に仕上がりました。

 本屋さんの絵本コーナーで、あまりに多くの色鮮やかな絵本を目にして、地味な色合いでは埋もれてしまうなと感じたんです。それで方向転換して、カラフルでシンプルな乳幼児向けの絵本として作ることにしました。あまり長いと小さい子は飽きてしまうという意見ももらったので、ページ数もぐっと減らしました。

 方向性が明確に見えてきてからはスムーズでしたね。赤ちゃんがいつ頃から色や形に反応するのか、年齢によってものの見え方がどう変わっていくのか、といったことも調べながら制作を進めました。広告の仕事をしていた頃に、色や形、擬音の響きやリズムといったものが大切だと学んでいたので、その経験も生かしつつ、実際に声に出して読んでみたりしながら、言葉のわからない赤ちゃんでも楽しめるようにと意識して作っていきました。

―― 「ぬ?」「ぬにゅ~」「ぽーん」など、すべて擬音のみで展開していきますが、これも赤ちゃんを意識したためですか。

 いえ、初めのアイデアの段階から文章ではなく、擬音のみで進む展開で考えていました。僕が自分の絵や絵本でやりたいと思っているのは、言葉じゃないところのコミュニケーションなんです。何かを伝える手段というのは、言葉だけではありませんよね。たとえば初対面の誰かと会ったとき、その人の着ている服や話し方などの印象から「この人はこういう感じかな」と受け取ることがあるじゃないですか。それと同じようなことを、絵でできないかと考えているんです。絵を描く者としては、100パーセント絵だけで伝えられるのが究極だと思っているんですが、今回は絵と擬音で表現してみました。

―― 装画のお仕事での緻密な絵とはかけ離れた、シンプルでかわいらしい絵ですね。

 普段は手間のかかる写実的な絵を描いている自分が、いきなりこういうシンプルな絵を描くと、手を抜いているように思われるんじゃないかと、変なところで人の目が気になったりもしたんです。でも、この絵本で伝えたいことを最優先して、形や色を生かすために必要な表現を選んでいきました。編集の方が必ずしも僕の写実の絵にこだわらないでいてくれたことには感謝しています。

 実際に絵の具で描いてみたり、テクスチャーや立体感なども検討したりしましたが、子ども目線で見たときに余計だと感じるものをできる限り排除していったら、このような絵になりました。手描きの味のある線ではなくて、パソコンで描いた線を採用したのは、同じものが同じ位置に繰り返し登場する、ということを実現したかったから。パソコンで描いたものをプリントアウトして、縮小コピーと拡大コピーを4回くらい繰り返すことで、外側にブレを生じさせて、微妙な変化をつけています。デザイナーさんなんかはよくやる手法だと思います。

―― この絵本を作る上で参考にした絵本、影響を受けた絵本などはありますか。

 頭に浮かんだものを視覚化して作った絵本なので、参考にした絵本というのはないんですが、制作途中でイエラ・マリさんの絵本に出会ったときは、自分の思考や感覚と近いものを感じました。『あかいふうせん』や『りんごとちょう』など、図書館で借りられる絵本はすべて読んでみましたが、特に季節の移り変わりを描いた『木のうた』には共感を覚えましたね。

 『ぬにゅ~ぽんぽん』も実は、さまざまな事象の繰り返しや時間の経過をテーマにしています。冒頭のグリーンのページは成長期、次に来るピンクのページはバラ色の時代、いわば青年期ですね。そのあとのブルーのページは、大人になるといろんな問題も出てくる、ピンチはあるけどなんだかんだで乗り越えて再び元に戻る……そんなイメージが背景にあるんです。生きていると、楽しいときもあれば、苦しいときもある。でも苦しいことのあとには、また楽しいこともある。そんなことの繰り返し。これは、自分が絵描きとして追い続けているテーマのひとつでもあります。

『ぬにゅ~ぽんぽん』試作。普段の写実画と同じように、ざらっとした砂地のマチエールに絵の具で描いてみたりもしたが、最終的にはデジタルで描いた

―― 初めての絵本の仕事を終えてみて、どんな風に感じていますか。

 ゼロから自分で作品を生み出せるというのは、やはり面白いですね。そこは装画の仕事とは違う点です。装画などのイラストレーションの仕事で求められるのは、いわば「商品」のパッケージのための絵。アイデンティティーはあくまでも小説や商品にあるんです。多くの場合、デザイナーさんが僕を選んで、写真に近い方がいいけれど柔らかい雰囲気にしてほしいとか、写実な絵で独特の味わいがほしいといった感じで、デザイナーさんのイメージに沿った絵を依頼されます。大抵はモチーフも決められていて、そこに僕の考え方やテーマを入り込ませる余地はあまりありません。

 僕の作品に、10年以上前からライフワークとして描き続けている「靴のシリーズ」と「時間のシリーズ」があるんですが、絵本はそれらと近いように感じています。

―― 自分が描きたいものを描いている、という意味で?

 そうです。それらの絵も写実なので、表面は装画と似通って見えますが、僕の中では自己表現のための絵とイラストレーターとしての装画はまったくの別物なんです。

 自分の絵は、テーマもモチーフも表現方法も何もかも自分次第。生活のための仕事ではないので、写実が向いていれば写実で描きますが、もっと別のことを表現したいと思えば違う表現手段を使う可能性もあります。絵本も、今回はこういうタッチになりましたが、次はまたがらっと変わるかもしれません。僕の場合アイデアが先に出てくるので、自分の経験と技術を生かしながら、そのアイデアに最も適した表現方法を選んで描いていければと思っています。

ライフワークとして描き続けている「shoes series」 より [カップル] (2006)

―― これまでは絵を子どもに見られる機会というのは、あまりなかったかと思いますが。

 それも絵本の面白いところですよね。子どもは先入観なしで見るから、もしかしたら大人よりもこちらが伝えたいことをまっすぐに受け取ってくれているかもしれません。言葉にまだ慣れ親しんでいない時期の子どもとも、絵や音を通じてコミュニケーションをとることができるというのは、絵本の魅力のひとつだと思います。

―― 「チカツタケオ」という片仮名の名前ではなく、「ちかつたけお」という平仮名の名前での絵本作家デビューとなりました。

 名前については、最後まで迷っていたんですよ。業界内での僕は、写実な絵を描いている印象が強いですからね。ミュージシャンが名前を変えて違う活動をしたりしているのと同じように、まったく違う名前にしてもいいかなと思って、具体的に名前も考えていたんです。でも編集の方からも、この絵本の装丁を担当してもらったデザインユニットのアルビレオさんからも平仮名表記を薦められて、最終的にはそのようにしました。

―― これからも絵本のお仕事は続けていかれますか。

 アイデアはたくさんあるので、今後も続けていきたいですね。自分が面白いと感じているうちは、常に新作の絵本に挑戦していきたいなと。作る人が面白いと感じていないと、人を惹きつけるようなものは作れませんからね。

 装画などの仕事では絵のタイプ柄、作業的な仕事になることも多いのですが、絵本作家としての「ちかつたけお」はもっと自らの自由な発想で、思考を解放しながら作っていければと思っています。それによって装画の写実な絵も、また一段と力を入れていけそうです。

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