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窪美澄さん「トリニティ」インタビュー 女性たち、かけがえのないものは

窪美澄さん=岡田晃奈撮影

働く人も専業主婦も 切磋琢磨した昭和・平成

 主人公は、64年の東京五輪の年に出版社の新雑誌の編集部で出会った3人の女性だ。フリーライターの登紀子はファッション誌の文体を生み出したパイオニア。祖母、母も物書きで、裕福だった。イラストレーターの妙子は、貧しい子ども時代を過ごした。20代の若さで雑誌の表紙に抜擢(ばってき)され、時代の寵児(ちょうじ)に。地味な鈴子は、高校を卒業して出版社に事務職で入社。編集職に誘われたが、結婚を選び、専業主婦になった。妙子が死んだことをきっかけに3人の過去が回想され、物語が進んでいく。

 印象的な場面がある。68年10月21日に起きた新宿騒乱事件だ。学生運動が激化したこの年、国際反戦デーの夜に学生らのデモ隊が新宿駅構内に乱入した。作中、3人もこの現場に出向くが、突然心の叫びを吐き出していく。

 「ふざけるな! 男どもふざけるな! 女を下に置くな!」

 「男の絵なんか描きたくない! 好きな絵を好きなだけ描きたい!」

 窪さんは65年生まれ。幼い頃見たデモの記憶は、今も鮮明に残っている。「純粋にベトナム反戦を求める人だけではなかっただろうなと。特に女性はどういう気持ちでいたのかなと考えました」

 編集者の求めに応じてこの場面を加筆しているうちに、自身も胸が熱くなった。20代の頃に勤めていた広告制作会社のことなどを、走馬灯のように思い出したからだ。「自分の方が仕事はできるはずなのに、大きいプロジェクトの責任者は男性で私はサポート役だったり、妊娠した途端に『もう勤められないね』と言われたりした。今も続いているんです」

 高度経済成長の時代、才能があれば世の中を渡れるような登紀子や妙子のような働く女性が出てきた一方、鈴子のような専業主婦もたくさんいた。窪さんは両方に、等しく価値を置く物語にした。

 働きながら子育てをしていた窪さんは、子どもが熱を出した時など何度も助けられた経験があり「私が書かねば」と思った。「60年代の男性が死にものぐるいで働く中で、家庭を守ったのは専業主婦です。今は軽んじられる風潮もあるけど、家や地域を守ってくれているんです」

窪美澄さん=岡田晃奈撮影

 題名の「トリニティ」は、キリスト教における三位一体のこと。本書では、かけがえのない三つのものと言い換えられる。
 働くことを優先するために中絶した妙子は、鈴子の結婚式に参列した時、神父の「父と子と聖霊の名において」という言葉を聞きながら、女性にとってその三つとは何か考える。男、結婚、仕事。それとも仕事、結婚、子どもか、と。

 そして、妙子はこう思う。〈どれも自分は欲しい。すべてを手に入れたい。欲深き者、と誹(そし)られ、石礫(いしつぶて)を投げられても〉
 自身も、カトリックの学校に通った際にこの言葉を聞き、「何で女がいないんだろう」と思っていた。同じ小説家でも、同世代や上の世代を顧みると、仕事のタイミングで子どもを持つことが難しかった人が数多くいた。

 「女性にとってかけがえのないものは、一つに限らないと思うんです。全部ほしいと思うことが、無意識に抑圧されてきたんだろうなと。それでも女性たちは悩みながら働き続け、切磋琢磨(せっさたくま)して生きてきたよ、と特に若い人に伝えられれば」(宮田裕介)=朝日新聞2019年4月10日掲載