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小川利康さん 「叛徒と隠士 周作人の一九二〇年代」 身近な他者から己を見る

小川利康・早稲田大学教授=篠塚ようこ撮影

 「叛徒(はんと)」と「隠士(いんし)」とは何か。
 外向的で状況と闘うごろつき(=叛徒)と、内向的で芸術家気質の紳士(=隠士)のこと。自分の中にある、この相いれない二つの面をどう使い分けるか――。魯迅の弟で、文学者の周作人が揺れ動いていた1920年代を描いた。
 周作人は1906年、日本に留学した。その観察眼は鋭い。東京の下宿で、15、16歳の少女が「裸足のまま」部屋を行き来するのに驚いた。温泉や銭湯で裸を見せるのをいとわない日本人の習慣を知り、儒教的な道徳観が根強い中国との違いに気づく。「今、『インバウンド』で日本に来る中国人が感じていることは、100年以上前に周作人が感じたことと重なるかもしれません」
 日本人女性と結婚した周は、学問だけでなく、川柳や落語など「面白みのある」日本語にふれ、西欧の文学や思想も学んだ。11年に中国へ戻り、17年に北京大学教授となる。武者小路実篤らを紹介し、人道主義的な文学を提唱した。だが、五・四運動後に挫折、現実の社会改革から撤退し、個人主義的な文学へ。その変化をたどったのが、この本だ。
 小川さんは学生時代、小説家で中国文学者の高橋和巳にひかれ、中国の作品を読み始めた。現代作家で、すいすい読めたのが周作人だった。
 「なぜ、わかりやすいと感じたのか。今思うと、彼は留学した日本の影響を受け、そこから自分の文学をつくっていったからですが、その出発点に戻って、まとめてみました」
 母校・早稲田大学の商学部で、将来、ビジネスで中国と付き合うこともある学生たちを教えている。
 「この本を読んで、日本人が、中国人を身近に感じるところもあるでしょう。日本人という未知の自己を再発見し、中国人という親しい他者を受け入れることにつながれば」 (文・石田祐樹 写真・篠塚ようこ)=朝日新聞2019年4月20日掲載