ISBN: 9784041013885
発売⽇: 2019/03/23
サイズ: 19cm/253p
団地と移民 課題最先端「空間」の闘い [著]安田浩一
大学時代のことだ。新宿駅から都庁までの通路脇にオブジェができた。路上生活者が眠ることができないようにスペースを塞ぐために設置されたのだと感じた。醜悪だと思った。しかし自由の国フランスでも難民が集まる倉庫街には、スピーカーが取り付けられ「発泡スチロールを爪でひっかいた」ような警報音が一晩中鳴り続けていると本書で知った。「邪魔者」に対するまるで害虫を扱うような心性は、悲しくも国を超えて共通している。
団地はこれまで景観としての面白さに注目した若い世代が出した写真集もあれば、かつてそこに暮らした世代が郷愁をもって振り返った本もある。しかし、これほど真正面から団地の住民に肉薄しながら、過去を掘り下げ、その未来についても考えさせる著作はなかったのではないか。紹介されるケースは多様である。孤独死を防止しようと奮闘する人びと、外国人住民との融和を目指す人びと、「テロリストの巣窟」と思われているパリ郊外の移民団地とそこに入ることさえできない人びと、トヨタを支えた日系ブラジル人の団地。団地の現在だけでなく、過去を読み解き、すくわれてこなかったいくつもの声を拾おうとする著者のアンテナの確かさが、本書に幅と深みを与えている。
移民が増えればヘイトも増える。ヨーロッパの例を見るまでもなく、日本でもすでに移民団地にはヘイトデモの悪意が押し寄せている。近所の中学生の悪さも、外国人住民のしわざとされ、移民を快く思わない人間が、共用のテーブルに憎悪の言葉を残していく。しかし、本書はその先の希望をも示す。あとがきに書かれた「団地は多文化共生の最前線」という著者の言葉は、決して無責任に聞こえない。人間の暗部に対して、それに抗おうとする善の力がいくつも描かれているからだ。
どこの移民団地にも、何とか現状を改善し、人と人をつなげようとする組織が生まれている。センセーショナルな場面を求め、脚本に沿う映像を撮るためだけにやってくるマスコミは、そうした重要な住民の動きをほとんど報じないという。このような社会にあって、本書のように誠実に「現場」を伝える作品の重要性はいうまでもない。
とりわけ胸が痛むのは、中国残留孤児が多く暮らす広島市の基町アパートの掲示板にもヘイトのチラシが張られるということだ。国家の間で人生を翻弄された人びとが、さらに余生をこのような時代に送らなければならないことは本当に切ない。本書が伝える多くの善意の人びとの記録が、現状を変えたいと各地で願う人たちの背中を押すことを願ってやまない。
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やすだ・こういち 1964年生まれ。ジャーナリスト。ヘイトスピーチを扱った『ネットと愛国』で2012年、講談社ノンフィクション賞。ほかに『「右翼」の戦後史』『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』など。