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宇宙やAIの未来への責任 スティーヴン・ホーキング「ビッグ・クエスチョン」

 理論物理学者、S・ホーキング博士の最後の書下(かきお)ろしが話題だ。「神は存在するのか」「宇宙はどのように始まったのか」など、10の難問に答える。
 宗教と科学が切り結ぶ問いに挑む科学者は、いつも逆風に晒(さら)される。日本にいるとわかりにくいが、ホーキング博士も例外ではなかった。神を持ち出すことなく、宇宙は自然法則によって何もないところから自発的に生まれたと説明したのだから。
 本書でも前半は、宗教との対立が鮮明な宇宙創成の謎に、アインシュタインの一般相対性理論と、量子論で迫る。数式は使わないが平易でもない。先入観を捨て、平らかな心で読む必要がある。たとえば私たちは物事を因果で考える。宇宙の起源も時間をさかのぼれば原因があると思っている。それさえ問い直す対象になるということだ。
 博士の功績はブラックホールの存在が証明されていない時代に、主要な問題を解決する理論を次々と打ち立てたことだ。宇宙には始まりがなければならないこと(特異点定理)。宇宙には空間と時間の境界がないこと(無境界仮説)。科学界をもっとも驚かせたのが、ブラックホールは熱を放出し(ホーキング放射)、最終的に蒸発するという仮説だ。ブラックホールは周囲を飲み込み増大するという仮説を根底から覆し、物議を醸した。
 博士の言葉の端々には、自然の営みを人間が理解できる言葉に翻訳して後世に伝えた先人への敬意と、いつか地球に別れを告げなければならない未来への責任感が見て取れる。人工知能や宇宙移住の話も現実的な危機感が背景にある。博士曰(いわ)く、生命とは無秩序に膨張し続ける宇宙の流れに逆らって存在する「複製能力をそなえた秩序ある系」だ。その頂点に立つ人間は、自ら問い、考える力を手放してはならないのである。
 先月、ブラックホールの写真が公開された。不気味だがワクワクする。今こそ、ホーキング博士のラスト・メッセージを思い切り味わいたい。=朝日新聞2019年5月25日掲載
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 青木薫訳、NHK出版・1620円=3刷6万部。19年3月刊行。購買層は男性6割、女性4割。ブラックホールへの関心の高まりもあり、幅広い年代から反響がある。