『「身軽」の哲学』書評 断捨離の先の「己軽」を考えた
ISBN: 9784106038396
発売⽇: 2019/05/22
サイズ: 20cm/221p
「身軽」の哲学 [著]山折哲推
口癖のように「身軽になりたい」という著者の希望が病気によって叶えられた。長期の病気体験の結果「無苦安穏の境地」、存在の軽さを経験した。と同時に「本」に盛られている「思想かぶれ」からも身軽になりたいと愛蔵本をごっそり手放す。すると不思議な解放感がこみあげてきた。「重たいものから離れ」たいと思う著者は西行、親鸞、芭蕉、良寛の四人の先人の生き方死に方に、存在の重さから存在の軽さへの主題をとらえた。
古代インドの賢人たちは四つの人生段階を〈学生(がくしょう)期、家住(かじゅう)期、林住(りんじゅう)期、遊行(ゆぎょう)期〉の四住期とした。第一と第二は世俗的ステージ、第三は字の如く半僧半俗の林住期を生きた人間。先の四人である。現代も重荷をかかえ軽みを求めてさまよう「ひじり」がいると著者はいう。第四の遊行期の人間は万にひとりの不退転者では?
ここでいったん本書から離れて私と著者の共通体験を回想してみたい。上京したものの鳴かず飛ばずの苦い時代に自死を主題にした作品を発表し、郷里の家を断捨離して有り金持ってヨーロッパで使い果たしてスッカラカン。帰国と同時に母の死。動脈血栓で片足切断の危機。これ以上の「身軽さ」はない。断捨離的「身軽」ではなく、己を離れた「己軽」さだった。そして自分が行ってきた足跡を清算することの精神的漂泊の旅の反復が始まった。
西行は武士の生き方と対峙、親鸞は仏教の破戒性と対峙、芭蕉は不易流行に対峙、良寛は隠遁の意味を追求。彼らとて生活用具を売りとばして「身軽」になるというより、如何に己の存在を捨てることで「己軽」になることの反復によって、本当の捨てるものが見えてきたのではないだろうか。私が対峙したのは、アートである。自己の内部のヤバイ、エグイ、ダサイものを創造に転換して個人から個の普遍へ視座を移した。四人ともクリエーターである。だからこそそこに芸術が存在するのである。
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やまおり・てつお 1931年生まれ。宗教学者、評論家。元国際日本文化研究センター所長。『「ひとり」の哲学』など。