真鍋昌平の『闇金ウシジマくん』が完結しました。「週刊ビッグコミックスピリッツ」での2004年の連載開始から、足かけ16年で全46巻。平成後半という時代を丸ごと捉えたドキュメントとして、比類ないリアリティと恐ろしさに満ちた記念碑的傑作です。
私は09年から手塚治虫文化賞の選考委員を務めていますが、当初から『闇金ウシジマくん』を有力視していました。当時、選考委員をしていたなかで、呉智英さんだけが『ウシジマくん』を一緒に推してくれたのですが、ともかく内容が悲惨で暗い、救いがない、との意見が大半で、賛同を得られませんでした。それでも私は、『ウシジマくん』は今の社会の諸相を細密で巨大な壁画のように描きだす現代日本のバルザックなのだと考え、呉さんとともにこの作品を推しました。東日本大震災後は、大変な時には希望をもてるマンガに授賞すべきだというムードになりましたが、私は『ウシジマくん』の描く闇をこそ直視すべきだと思いました。
平成が終わって、これはどういう時代だったのか、という問いが各方面で投げかけられました。この大きな問いに答えうる作品があるとすれば、マンガの世界では『ウシジマくん』ではないか、と私は思うのです。
パチンコにはまり闇金に手を出す人、正社員を社畜と考えフリーターがやめられない人、学校時代のヤンキーしか友人をもてない人、イベントサークルであぶく銭を追う人、ストレスだらけの会社生活に適応できないサラリーマン、おしゃれだけが生きがいで読者モデルをめざす若者、ネットビジネスで一攫(いっかく)千金を夢見る人……。『ウシジマくん』は、そうした人々の運命を震えがくるほどのスリルで描きだしながら、彼らを生みだす時代の残酷な力、権力関係のメカニズム、そして金と金融社会の病理を抉(えぐ)りだします。そこにこそ、『闇金ウシジマくん』の真の読みどころがあるのです。
『ウシジマくん』の内容が暗いことは事実です。しかし、それは平成日本の先行きの見えない暗さと鬱屈(うっくつ)をあまりにも生々しく反映しているからです。家庭環境と学歴と交際範囲で人間の一生がほとんど決定されるという「格差」の概念が一般化したのは、『ウシジマくん』が登場するすこし前のことでした。いまや格差は階級といい換えられるほどに固定化の度合(どあい)を強めています。そんな時代閉塞(へいそく)の現状を恐ろしいほどリアルに映しだしたマンガが『ウシジマくん』だったのです。=朝日新聞2019年7月10日掲載