東京シティビューで「楳図かずお大美術展」が開催中です。2022年の日本マンガ最大の事件といっても過言ではないでしょう。新作「ZOKU-SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館」が展示されているからです。楳図かずおは27年前に、人類の未来、いや、生命と宇宙の帰結を描く超大作『14歳』を完成して、マンガの筆を折ったはずだったのに。
とはいえ、この作品は通常のマンガではありません。同じ判型の着彩画をなんと101枚連ねて、『わたしは真悟』の続編ともいえる物語を展開しているのです。完成には4年の歳月を要しました。かくして、齢(よわい)85にして楳図かずおはマンガの枠組みをうち破り、新たな物語芸術の形式を作りあげたのです。創造のデーモンに憑(つ)かれたとしかいいようのない仕事ぶりです。
この新たな表現形式で生まれたものは、第一に色彩です。厳密な黒い線で描かれるこれまでの楳図マンガとは違って、今回の作品には、祝祭のような華やぎがあり、同時に、どこかお伽話(とぎばなし)のような懐かしさも感じさせます。これは、楳図かずおの色彩感覚のなせるわざでしょう。ひとつひとつの絵をいつまでも見ていたくなるような魅力があって、そこが物語の波に乗ってどんどん読み進めるマンガとは違います。
もともとこの作品のすべての絵は鉛筆による細密な素描で、その上にアクリルガッシュという絵具(えのぐ)で彩色したものです。今回の展示の素晴らしいところは、この素描と着彩画の両方を見られることです。一概に完成品の着彩画のほうが優れているとはいえないくらい、鉛筆の素描には、楳図かずおの幼児的な感性が純粋なかたちで浮かびあがっているように思えるのです。
内容は、『わたしは真悟』の主人公の真鈴と悟が、未来世界に小さなロボットのまりんとさとるとして転生したかのようにくり広げられる冒険譚(たん)です。
人間になろうとするロボットの苦悩、整形手術による人格の奪取、悪の侵略との戦い、人類の退化(進化ではなく)の歴史、すべての記憶を結晶させるコンピュータ、天上的なものによる救済と地獄、子どもたちの純粋な愛……。
楳図的なテーマがてんこ盛りで、『わたしは真悟』の山場のひとつだった東京タワーへの登攀(とうはん)がふたたび行われ、意外な結末を迎えます。また、『わたしは真悟』の不思議な伝聞による語りの秘密も明らかにされます。どうです、見ないわけにはいかないでしょう?
●楳図かずお「ZOKU―SHINGO 小さなロボット シンゴ美術館」(C)楳図かずお 東京シティビュー(東京・六本木)で開催中の「楳図かずお大美術展」で展示されている。25日まで。9~11月に大阪・あべのハルカス美術館に巡回予定。=朝日新聞2022年3月9日掲載