本マンガ時評の新春恒例となりましたが、昨2021年のマンガの収穫の回顧をしたいと思います。典拠は、雑誌「フリースタイル」の特集「THE BEST MANGA 2022 このマンガを読め!」です。信頼に値するマンガ界の識者50人の投票結果で、上位5作品は次のようになりました。
- 松本大洋『東京ヒゴロ』
- 藤本タツキ『ルックバック』
- 真造圭伍(しんぞうけいご)『ひらやすみ』
- ちばてつや『あしあと』
- 近藤ようこ『高丘親王航海記』(原作・澁澤龍彦)
いずれ劣らぬ秀作です。こう見ると、日本のマンガの創造力の豊かさにあらためて感嘆の気持ちを覚えます。松本大洋、藤本タツキ、近藤ようこの作品は、この時評で取りあげましたので、今回は、真造圭伍とちばてつやのマンガについて触れたいと思います。
真造圭伍は、現在34歳の若いマンガ家ですが、すでに高い評価を得ています。『ひらやすみ』は、俳優を途中でやめた29歳のフリーター・ヒロトが主人公です。阿佐ケ谷に住み、仲良しの老婦人から古い家を遺贈され、そこに暮らしはじめます。平屋に住んでお休みのような生活を営んでいることから、タイトルが生まれたのでしょう。
生きることをそのまま肯定できる主人公の資質がじつにうまく描かれ、読んでいるこちらまでゆったりといい気分になってきます。もちろん、俳優を断念した過去なども鋭く点描され、単なる都会のオアシス的なお伽話(とぎばなし)にはなっていません。何より見事なのは、省略を活(い)かしつつ家や街の表情を絶妙のアングルで浮きあがらせる筆触で、ときにため息を誘うほどの巧(うま)さなのです。ヒロトをとり巻く女性たちの人間像も生き生きとしてなんとも魅力的です。
一方、ちばてつやは今年83歳の日本マンガ界の巨星ですが、『あしあと』は格別な思いのこもった作品です。「追想短編集」と副題にあるように、マンガ家・ちばてつやの生涯にとって決定的な四つの時期を題材にした、自伝的連作集の趣をもっています。6歳で敗戦を迎え、一家6人で命からがら満州から日本に戻った引き揚げの記録。マンガ家としてデビューしてまもなくあまりの忙しさに心身を患ったときの話。大けがをして、トキワ荘の会ったこともない若いマンガ家たちに援助されたという生涯続く友情の始まり。『あしたのジョー』から『のたり松太郎』に移る時期のマンガ家生活のリアルなひとコマ。ちばてつやの〈人間〉を実感させてくれる、ユーモアと滋味にあふれる秀作揃(ぞろ)いです。=朝日新聞2022年1月19日掲載