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「真実の終わり」書評 トランプ時代の深刻な病理問う

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月27日
真実の終わり 著者:ミチコ・カクタニ 出版社:集英社 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784087734966
発売⽇: 2019/06/05
サイズ: 20cm/172p

真実の終わり [著]ミチコ・カクタニ

 大統領就任式に集った聴衆の規模から、地球温暖化の否定まで、トランプ政権が流した嘘は数限りない。なぜ真実と理性とは衰退したのか。なぜ人々は政治的操作を受け入れるのか。本書の問いはここにある。
 著者によれば、はじまりは啓蒙主義的価値観の拒絶だった。自由な社会の維持には理性と倫理観、憲法への敬意が不可欠だという考えが攻撃され、かわって人種的・宗教的な不寛容や政府への憎悪、陰謀論が勢いづく。肝心なのは客観的真実ではなく人々の実感を裏づける真実だ。信憑性や迫真性が重視される中、真実に見せかける手腕が重宝されていく。ソーシャルメディアが疑似事実の拡散に拍車をかけた。
 強調されるのは、20世紀後半に興隆したポストモダニズムの影響だ。客観的実在の存在を否定し、真実は視点や立場に左右されるとするこの立場は、自己中心的な「わたし」主義と共振し、主観性の原理の称揚につながった。これを乗っ取ったのがトランプ政権だ。いかなる真実も書き換え可能、反論されれば「もう一つの事実」だと言えば良い。ニヒリズムの登場である。真実が分からなければ、陰謀論を信じるのも簡単だ。
 説得的だが疑問も湧いてくる。本書にもあるように、ポストモダニズムは、長く権利を剥奪されていた人々の声を拾い上げる反権力的な性格も持っていた。他方、ポストモダン的表現を乗っ取り右派が喧伝するのは、人種・性差別的主張や各種陰謀論である。この逆転を導いたのはポストモダニズムそのものなのか、それとも経済・社会的混迷など他の要因なのだろうか?
 真実こそが民主主義の基盤であると著者は言う。党派的な事実や、ネット上の「もう一つの事実」ではなく、一般的に共有できる事実なしには理性的な議論はできない、と。その通りであろう。簡単な解決策はないものの、諦観を拒絶し、まずは抵抗の一歩を踏み出すよう迫る一冊である。
    ◇
 Michiko Kakutani 1955年米国生まれ。文芸評論家。NYタイムズ紙で長年書評を担当、98年ピュリツァー賞。