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#17 未来につながる ひと匙の蜂蜜 寺地はるなさん「今日のハチミツ、あしたの私」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
 ほら、と匙(さじ)を差し出す。のろのろと口を開けて、それを受けた。舌の上にとろりと甘い液体がのる。たまに母が朝食の席に出す蜂蜜よりも、淡くやさしい味がした。(中略) これ、あげる。食事の前に、ひと匙ずつ舐めること。元気がない時は、もうひと匙。そしたら、ちょっとだけ幸せになれるかも。甘い食べ物ってそういうものでしょ。 (『今日のハチミツ、あしたの私』より)

 「8(はち)3(みつ)」という語呂合わせから、8月3日は「はちみつの日」なのだそう。と、いうわけで(?)、今回ご紹介する作品は、蜂蜜との出会いによって、その後の人生が少しずつ変わっていった女性が主人公のお話です。

 中学生の頃、いじめにあっていた碧(みどり)は、ある日、見知らぬ女性に小さな蜂蜜の瓶をもらいます。それから月日が流れ、30歳になった碧はその時味わった「百花蜜」が忘れられず、ひょんなことから恋人の故郷で蜂蜜園の手伝いを始めることに。そこで、養蜂家の黒江とその娘の朝花、スナックのママをしている、あざみさんなど、さまざまな人と出会い、自分の将来を見つけていきます。

 作中では、蜂蜜を使った様々なメニューが登場するほか、蜜蜂の生態や採蜜の方法なども詳しく描かれていて、読後は蜂蜜や蜜蜂に対する考え方が少し変わりました! 著者の寺地はるなさんに、蜂蜜の思い出などを伺いました。

「みんなに好かれる」じゃなくていい

——まずは蜂蜜を作品のテーマに選んだきっかけから教えて下さい。

 本作の題材とは別に、蜂蜜について調べていた時期があったんです。その頃、夫が胃の調子が悪くて風邪もひきやすかったので「なにか良い食べものはないだろうか」と調べていたところ蜂蜜に行きつきました。その過程で蜂蜜専門店というものがあることを知り、ふと「蜂蜜専門店を舞台にした小説なんてどうだろう?」と思ったのが最初のきっかけです。蜂蜜について色々調べているうちに、養蜂もおもしろいのでは、ということになり、主人公の碧に養蜂の仕事をさせてみました。

——作中には、定番のパンケーキにかける他にも蜂蜜を使ったメニューが色々と出てきますが、私は「レモラー」(レモン好きなことを勝手にそう言っています)なので、あざみさんが考案した「レモンシロップのソーダ水」が特に気になりました。さいの目に切って凍らせたカラフルなゼリーが入っていて、見た目もさわやかで夏にぴったりですよね~☆ このアイディアはどうやって浮かんだのでしょうか?

 京都にある「喫茶ソワレ」というお店に「ゼリーポンチ」という飲みものがあって、見た目はそれをイメージしました。私は味が薄くなるのが嫌なので、いつも飲み物には氷を入れないんですが、これなら溶けてもソーダの味が薄まらないし、なおかつ見た目がきれいなものを、と考えた結果生まれたメニューなんです。

 蜂蜜レモンのシロップは紅茶に入れてもいいですし、料理の隠し味として、ポークソテーのソースをつくる時に使ってもいいと思います。豚肉を焼いた後のフライパンに、しょうゆ、白ワインとシロップを1:1:1で煮詰めて肉にからめるだけなので簡単です。仕上げに粗めに引いた黒コショウをたくさんかけると、なお良しです。サングリアをつくる時にもおすすめです。作中に出てくる蜂蜜の料理は、検証のために一応全て作ったのですが、結局シンプルにトーストに塗るのが一番好きです。トーストに蜂蜜だけも好きですが、プラス、クリームチーズとくるみも良いです。美味しい分、カロリーも爆上がりしますけど(笑)。

——蜜蜂が一生をかけて集めた蜜の量が匙一杯分だということを本作で知り、なんだか胸がいっぱいになりましたが、寺地さんにとって、蜂蜜とはどんなものでしょうか?

 蜂蜜について、当初は特に思い入れはなかったのですが、整腸作用や殺菌効果など、調べれば調べるほどその効能がすごいことが分かりました。蜂蜜はお砂糖と比べると味にクセもあるし、使い勝手もあまり良くないのですが、蜂蜜にしかない味わいがあります。それから、花によって色や香りがまるで違うというのもおもしろいですよね。万人に受けなくても、それぞれに個性がある。小説もまた、そのようなものではないかと思っています。「みんなに好かれる」じゃなくていいと。

——それぞれに特色があって、クセになりハマっていく——、というところが両者に共通しているかもしれませんね。今まで出会った個性的な蜂蜜はありますか?

 そういえばこの前、ラベンダーの蜂蜜というものを初めて食べたのですが、なぜか桜餅みたいな味がしたんですよ。どうしてラベンダーが桜餅になるのか、ものすごく不思議な気分になり「一度食べてみてくれ」と周囲の人に話しているのですが、なぜか誰も試してくれないので寂しいんです。

——桜餅の味がする蜂蜜…。想像もつかないですが、それはぜひとも試してみたいです! 寺地さんの蜂蜜の思い出はありますか?

 七歳ぐらいだったと思うのですが、一人で祖父母の家に泊まりにいった時に、朝食に蜂蜜をかけたトーストと冷たい牛乳が出てきたんです。その時が、生まれて始めて「蜂蜜」という存在を知った瞬間だったので、よく覚えています。容器にレンゲの花と蜂の絵が描かれていたことや、蜂が集めた花の蜜がこういう味になるんだという驚き、その驚いている私を見ている祖父の顔も。その後、野原に生えていたレンゲの花をむしって蜜を吸ってみたのですが、蜂蜜とはほど遠い味がしたので落胆しました。

——碧がひと匙の蜂蜜と出会い、その後の人生が少しずつ変わっていったように「この食べ物と出会ったことで人生が変わった」という経験や、碧とご自身が重なるところはありますか?

 この食べものが特に! というものはないのですが、私は幼少期~二十歳ぐらいまでは基本的に他人と食事をすることが嫌いだったんです。人数が多いほど緊張するので、給食とか地獄だったんですけど、大人になってから気の合う人と過ごすうちに、誰か一緒に食べるごはんも楽しいなと思うようになりました。友人たちと一緒に食べて美味しかったものはちゃんと覚えているので、作中で「誰かと食べた記憶は残るから食べものは、なくならない」というセリフがあるのですが、それは私の実感から出た言葉なんです。