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#40 二人の距離を縮める朝の和定食 顎木あくみさん「わたしの幸せな結婚」

文:根津香菜子 絵:伊藤桃子

 きんぴらごぼうに使うごぼうと人参は細く切り、葉野菜は沸騰した湯でさっと茹でる。出汁巻き玉子は出汁と醤油、砂糖などで味をつけ、ゆり江お手製の、木綿豆腐を使った厚揚げは、こんがり焦げ目がつくまで焼く。(『わたしの幸せな結婚』より)

 2月のイベントと言えばバレンタインデー!ということで、今回の「食いしんぼん」は、思わず胸キュン♡する作品をご紹介します。特殊な能力「異能」を持つ家系に生まれながら、その能力を受け継がなかった斎森美世(さいもり・みよ)は、早くに実母を亡くして以来、継母や妹に虐げられ、使用人のように扱われていました。19歳になったある日、美世は父から嫁入りを命じられます。その相手は、冷酷無慈悲と噂される久堂家の長男・清霞(きよか)。初対面では清霞に辛く当たられた美世でしたが、実家に戻ることもできず、日々料理を作るうちに少しずつ心を通わせていく物語です。作者の顎木あくみさんにお話を聞きました。

食卓の風景、リアルに伝えたい

——まずは、美世と清霞というキャラクターの誕生エピソードを教えてください。

 「わたしの幸せな結婚」は、もともとウェブ小説上で流行っていた「虐げられる姉と可愛がられる妹」の構図を、主人公である姉の成長物語として描きたいという気持ちから生まれたお話です。なので、美世はずっと虐げられていたせいで自信がない、でも芯の強さのあるキャラクターになりました。
清霞の場合は、美世の設定が先にあったので、それにちょうどぴったり合うように実際に物語を書きながらキャラクターを固めていきました。二人の外見の設定については完全に個人的な趣味です(笑)。

——不安な気持ちを抱えたまま久堂家に嫁いだ美世は、清霞のために朝食を作ることからはじめますが、調理過程やお膳の位置なども細かく描いていますよね。当時の食事情を調べていく中で驚いたことはありましたか?

 食に関するシーンを書くときには、時代背景や旬の問題があるので、ほとんどの場合は必ず食材から調べるのですが、正直、いつも驚いています。「この野菜や魚は、本来この時期が旬だったのか」とか、「モデルにしている大正時代には、この食材は日本になかった可能性が……」とか。

——回を重ねるごとに少しずつ距離が縮まっていく清霞と美世の様子に、思わず「キュン」となりますが、二人が初デートで行った甘味処シーンで裏話のようなものがありましたら、ぜひ教えてください。

 甘味処デートは、実は(というほどではないかもしれませんが)清霞が「美世はあまり甘味を食べる機会がなかったかもしれない。そうだ、甘味処に連れていったら喜ぶのでは?」とデート計画を立てた、という想定で書きました。選んだメニューがあんみつなのは、安く済ませようとする美世と、豪勢な甘味を注文してほしい清霞とで無言の応酬があり、結果その中間くらいのもの(あんみつ)になったのでしょうね。

——そんな初々しくももどかしい二人ですが、美世の作った料理を食べて清霞が初めて「美味い」と言ったメニューが、「焼いた厚揚げに出汁巻き玉子、きんぴらごぼう、葉野菜のごま和えと白米・味噌汁」という朝ごはんでした。この他にも清霞(久堂家)の朝食は和食が定番のようですね。毎回献立を考えるにあたって気をつけていることや心掛けていることはありますか?

 久堂家の献立を考えるときは、やはり時代背景が時代背景ですので、現代と違って登場させられる食材には限りがありますし、調理方法や調味料、保存方法などにも制約があって気を遣います。あとは、ぱっと読んだ感じで栄養バランスが偏っていると、書いても読んでも気になってしまうので、ここも気をつけるポイントですね。

——この朝食は、美世が自分の作った料理で初めて人に褒められ、自信になっていく大切なシーンだと感じました。二人が「食を共にすること」に込めた顎木さんの想いを教えてください。

 清霞は軍の少佐で多忙な人。美世は唯一、家事をがんばれる。そんな二人なので、食事の時間は二人が落ち着いて互いに向き合える大切な時間だと常に頭に置いて描いています。食事シーンを入れ込むことで物語自体に生き生きとしたキャラの息遣いが加わるのはもちろんなのですが、それだけでなく、ともすれば互いに口下手ですれ違ったままになってしまいそうな美世と清霞を、生きていくうえで絶対に必要で、同居していれば顔を合わせやすい食事時という場面で繋ぎたいと思いを込めました。

——食事を通して、二人の距離や関係が縮まっていくのですね。本作において、食事シーンはどのような意味合いを持つものなのでしょうか。

 主役の二人に限らず、「わたしの幸せな結婚」では食事シーンはキャラとキャラとの距離感そのもの……になっていると思います。

 例えば、1巻の最初で美世が妹の香耶にお茶をかけられてしまう場面も朝食の場で、けれど美世は食事の席にはつかずに給仕をしています。それが美世と実家の斎森家との距離ですし、他にも2巻では清霞の姉の葉月と女中のゆり江と美世の三人で昼食をとったり、薄刃家で美世が一人で食事していたりします。食事シーンは何気ない日常の一幕ではあるのですが、だからこそ自然と登場人物同士の関係がそこに表れるのではないでしょうか。

——作中に登場した中で、顎木さんが一番思い入れのある食シーンはどこですか?

 2巻の、美世が実母の実家である薄刃家に囚われていた際の食事の描写です。美世は普段、清霞と和食中心の食事をしています。でも、薄刃家で出てくるのは洋食が多い。洋食が悪いというわけではないですが、日常とのギャップで美世が「自分の家に帰りたい」と強く感じている様子を食事風景でも表現したいと思って書いたので、印象に残っています。

——4巻のラストでは、一緒に年越し蕎麦を食べるシーンが描かれていますね。二人が同じものを一緒に食べる機会が増えていて、この物語が持つ温かさを感じました。

 私が食事のシーンで一番大切にしていることは、まるで食卓が目の前にあるかのように読者に伝わるように描写することでしょうか。味や匂い、食感、温度など、ただすべてを具体的に書けばいいというわけでもなくて、すっと入り込む文章で、すんなりそれらが浮かぶように、自分でも何度も読み返しながら書いています。やはり、まずはそこができていないと描かれている食事が美味しそうに感じるかどうか以前の話になってしまうと思うので。読んでくださった方に、なるべくリアルに伝わっていたらいいなと思います。

——顎木さんご自身も、ある時はお蕎麦ばかり食べたり、激辛ブームがきたりするそうですが、執筆中のおともや、書き終わった後のご褒美メニューはありますか?

 執筆中に口寂しくなってしまったときは、カロリーの摂りすぎを気にして、もっぱらガムとのど飴ですね。でも、たまにお菓子に手を出すこともあって、4巻の執筆中は毎年恒例「チョコミント味の時期」だったので、スーパーでチョコミントのお菓子コーナーに行っていろいろと買い漁っていました。同じチョコミント味でもメーカーやお菓子の種類によって個性があって、食べ比べてみると面白かったです。

——最後に、今後の美世と清霞の展開をこっそり教えてください。

 3巻で清霞がすでに言っているように、春には二人の結婚が控えている……はずですが、難なくというわけにはどうやらいかなそうです。これからも日常の何気ない一場面を大切にしつつ、キャラクターたちも降りかかる試練を乗り越えながら進んでいきますので、ハラハラ、ドキドキしながら楽しんでいただきたいです。