平成期に書かれた国産ホラー短編の名品を厳選収録した画期的アンソロジー、東雅夫編「平成怪奇小説傑作集」全3巻(創元推理文庫)の刊行がこの夏スタートした。すでに発売中の第1巻には、平成元年発表の吉本ばなな「ある体験」から、平成10年の宮部みゆき「布団部屋」まで全15編を収録している。
評論家・アンソロジストとして国内ホラーシーンをつぶさに観測してきた編者が選んだ15編は、いずれも怪奇と幻想のマスターピースと呼ぶにふさわしい完成度。新宿の高層ビル群に死者の世界を幻視する菊地秀行「墓碑銘〈新宿〉」、幻想文学の大家・赤江瀑が遺した哀切な妖怪小説「光堂」、呪われたマンションでの実体験をもとにした霜島ケイ「家――魔象」、福島第一原子力発電所事故を予見したかのような篠田節子の「静かな黄昏の国」などなど、一読忘れがたい作品が並んでいる。純文学・エンターテインメントというジャンルを問わず、あくまで作品本意で選ばれているのが伝わるセレクションだ。
吉田知子「お供え」、小池真理子「命日」、坂東眞砂子「正月女」と、〈家と女性〉にまつわるホラー(3作とも容赦なく恐い!)が中盤に並べられるなど、作品配列にも工夫が凝らされており、500ページの厚さを感じさせない。『陰陽師』や『リング』ブームに触れながら、国産ホラー小説の隆盛・定着をたどった編者解説も有益。頭から尻尾まであんこがギュッと詰まったたい焼きのような、読み応えあるアンソロジーである。続く2・3巻にはどんな作家が収録されるのか、今から楽しみでならない。
同じ東雅夫による編著書『文豪たちの怪談ライブ』(ちくま文庫)はさらに時代をさかのぼり、明治末~昭和初期にかけて起こった怪談ブームの熱気を今に伝える試みだ。大の「おばけずき」で知られた文豪・泉鏡花を中心に、柳田國男・芥川龍之介・喜多村緑郎・鏑木清方ら怪談趣味で結ばれた文人たちの姿を、各所で開催された怪談会(=怪談ライブ)の模様とともに活写してゆく。身を乗り出して怪談話に耽る彼らの姿は、今日の心霊マニアとそれほど変わらないようだ。
文人たちによって語られ、記録された貴重な怪談を多数収録するとともに、鏡花のデビューから最期までをふり返る、アンソロジーにして文芸評論。「平成怪奇小説傑作集」と併読すれば、怪奇と幻想に魅せられた作家たちの系譜が立ちあがってくるだろう。
その歴史の先には現代の作家がいる。令和になってから刊行された短編集も2冊紹介しておこう。
木内昇『化物蠟燭』(朝日新聞出版)は、直木賞作家による時代怪談集。見世物小屋で活躍する影絵師が、ある人物から奇妙な依頼を持ちかけられる表題作はじめ、山東京伝の読本『復讐奇談安積沼』を下敷きにした切ない「隣の小平次」、可憐で大人しい娘の本性にぞっとさせられる「幼馴染み」など、妖しくも美しい7編を収録する。それぞれに事情を抱えながら江戸の町でひたむきに暮らす男女と、わけあって冥界から迷い出てきた死者たち。その近そうで遠い距離感が、濃やかな人間ドラマに陰翳を与えている。『よこまち余話』で幻想文学ファンを瞠目させた著者の新境地である。
『ファミリーランド』(早川書房)は、気鋭のホラー作家・澤村伊智が贈る初のSF作品集。スマートデバイスによって遠方からしつこく干渉してくる姑、特殊な妊娠促進剤によって誕生した金髪碧眼のデザイナーズチャイルド、家族写真の枚数や体臭までデジタルに評価してくれる次世代型の婚活サイト、高齢者介護への画期的対処法――。そこで描かれるのは数年後に実現しそうな新しいテクノロジーと、それによって到来する玉虫色のディストピア。「これに近い世界はすでに実現しているのでは?」そう思った瞬間、スマホや監視カメラに囲まれた世の中が、妙に居心地の悪いものに感じられてくる。人と文明の関係をクールに見据え、新しい恐怖の形を模索したホラーファンにもおすすめの一冊だ。