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徴兵制を描く日韓のコミック 隣国の「リアル」、「我がこと」として

 この連載では8月になると例年、戦争に関するマンガを取り上げてきた。今回は外交の悪化が懸念される最近の日韓関係をふまえ、両国を比較しやすいテーマを選んだ。それは「徴兵制を描いた作品」である。

 現在も朝鮮戦争が休戦状態の韓国では、男子は20代のうちに約2年間の兵役義務があり、女子も志願すれば軍に服務できる。兵役で離れ離れになったカップルは多くが破局するとも言われるが、主人公の先輩が断言したその確率「99・99%」をタイトルにしたのが莉ジャンヒュン「フォーナイン~僕とカノジョの637日~」だ。

 主人公は20歳で入隊を申し込んだソウルの男子。しかし、ほどなく日本人留学生の彼女ができ、決断を早まったと大いに後悔する。物語は入隊の前日から始まるが、恋人と過ごす天国のような時間から一転、軍隊での地獄の生活が克明に描かれる。あまりに過酷な訓練や切実な心理など、韓国人の作者が描く「現実」は、日本の読者へどのように伝わったか。特に軍隊内部の闇に迫るラストは衝撃で、ウェブで続編を描き継ぐことになる。

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 一方、近未来の日本を舞台にしたのが新田たつお「隊務スリップ」である。作中では、東京へのテロやアメリカと結んだ「集団的袋叩き権」を背景に、かつての日本にタイムスリップしたかのごとく徴兵制が復活する。ただし入隊理由は法律による義務に限らない。例えば、家庭で妻子に冷遇されるサラリーマンにとって国防は自らの威厳を回復する大義であり、非正規雇用ばかりの若者にとって軍隊は貴重な就職先となるのだ。

 こうした病める時代や人間たちに対し、驚異の治癒能力を持った主人公が活躍するこの物語を、フィクションの一言で片づけることはできない。「徴兵制は国を守るということを国民に知らしめることが目的なんだよ」「戦争は地獄だから恐ろしいんじゃないぞ…ああいう地獄を天国と感じる奴(やつ)が出てくることが恐ろしいんだ」といった登場人物たちの言葉は、時代や国境を超えて響くはずである。

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 その意味でもう一つ紹介しておきたいのが、浅野いにお「きのこたけのこ」だ。若者の心をつかみ続ける作者によるこの短編は、一見すると現代の日本社会が舞台だが、実は身長2~3センチの小人たちが住む架空の世界を描いたものだ。

 非武装地域に国民の義務として派遣された主人公は、道中で敵国の捕虜を射殺するよう隊長に命じられる。断固拒否するが、その最中に地元が敵国から爆撃されたとの報が入る。主人公は「人間は…そんな野蛮な生き物じゃない…君だって違うだろ……?」と捕虜に問うも、涙ながらに唾棄(だき)されたうえ、読者には解読できない敵国の言葉で反論される。「なんだと……貴様……それでも人間か…?」「こんな事……人間のする事じゃないんだ…!!」と、苦渋の表情で捕虜に向けてトリガーを引く主人公。極限状態で人間の尊厳と暴力がせめぎ合うこうした局面こそ、戦争のやるせない悲哀であり、それは現実の世界でも創作の世界でも変わらない。

 これら3作品はいずれも2014年、つまり、集団的自衛権の行使容認から「安保法案」を巡る議論が世間をにぎわしていた時期に発表または連載開始されたものである。あれから約5年、私たちは、戦争や国防、派兵といった問題をどれだけ「我がこと」として考えてきただろう。この3作は、隣国の「リアル」、そして未来の我々を待つかも知れない「リアル」を突きつけ、正面から向き合うことを迫っている。(吉村和真・京都精華大学マンガ学部教授)=朝日新聞2019年8月27日掲載