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マンガ研究本、オススメの4冊 現代社会に直接影響を与える実践の書

『BLの教科書』(有斐閣)より

 『GIGA・MANGA 江戸戯画から近代漫画へ』(毎日新聞社)は、現在全国巡回中の同名企画展の図録だ。サブタイトルが示すように、同展=同書では、江戸期の浮世絵から、明治、大正期のジャーナリズムを支えたマンガ新聞、戦中の子ども向けストーリーマンガ本まで、300点以上のマンガ資料が紹介される。

 これらにマンガとしての連続性を見いだした上で、数十年をかけて1人コツコツと収集し、研究してきたのが、マンガ史研究の泰斗・清水勲である。百冊を超える著書の多さでも知られる。今月2日、その清水氏が81歳で亡くなっていたことが判明し、マンガ研究界には衝撃が走った。

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 清水のマンガ史観は、「鳥獣人物戯画」から戦後のストーリーマンガまでの連続性を想定するというものだ。その素朴さに対しては、確かに批判も少なくなかった。

 しかし、歴史とはそもそも、固定化された事実だけではない。私たちはむしろ、清水が遺(のこ)してくれた膨大な資料に向き合い、彼の史観を何度でも検討していく義務があるだろう。清水コレクションのほとんどは京都国際マンガミュージアムに所蔵されているが、同展=同書は、その最良のショーケースでもある。

 その清水の代表的著作『漫画の歴史』(岩波新書)を皮切りに、マンガを学術的に研究したい人のため、これだけは読んでおくべき、というマンガ研究書を紹介した一冊がある。吉村和真/ジャクリーヌ・ベルント編『ブックガイドシリーズ 基本の30冊 マンガ・スタディーズ』(人文書院)である。

 「マンガ/史」「表現/読者」「産業/メディア」「ジェンダー/セクシュアリティ」「日本/世界」の5部構成で、目配りの利いた30点を通して、マンガ研究全体における位置づけ、その問題点や可能性がコンパクトに紹介されている。

 興味深いのは、本書が常に、マンガを研究するとはどういう営みなのか、という問いに立ち返ることを促していることだ。マンガ研究ほど、その存在意義について自問し続けている研究分野はないだろう。理由のひとつは、マンガ文化という研究対象が、いま正に生成し、変化し続けている“生きている文化”であり、それを研究する研究者たちもしばしば、このポピュラーエンターテインメントのファンとして、そうした変化に直接関わっているからである。

 その意味で、マンガ研究は時に、現代社会に直接影響を与える実践の書ともなる。

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 女性を対象にしたマンガ作品――「少女マンガ」や「ボーイズラブ(BL)」などの女性による近年の研究は、しばしば女性たちをエンパワメントする役割を持ち得ている。
 例えば、堀あきこ/守如子編BLの教科書』(有斐閣)は、70年代以降の歴史から、それらが展開されたメディアの構造、「BL論」史までを総覧するだけでなく、様々なBL研究の視点を紹介し、その研究が社会といかに切り結んでいけるかを示す。

 それは、編者が「私たちの生きる社会は、女性に対する差別だけでなく、異性愛中心に設計されていることによる問題を抱えて」いるといった認識を前提に、「BLは、このような社会のあり方に従順ではなく、『普通』『当たり前』とされていることを揺るがせる価値観を含んでいる」と考えているからである。

 同様のアクチュアリティーを持っているのが、トミヤマユキコ『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)だ。「ブサイク」女子が登場する様々なマンガ作品を紹介することで、少女マンガにおける、ひいては現代社会にはびこるルッキズム、美醜による不平等格差を逆照射する。

 これらの研究書は、私たちが日常的に行っている「マンガを読む」という行為自体が、場合によっては社会を変革する実践そのものとなりうることを示している。(伊藤遊・京都精華大学国際マンガ研究センター研究員)=朝日新聞2021年3月23日掲載