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「理論より経験」の生き方は、本から 東芝 取締役 代表執行役会長CEO・車谷暢昭さんの本棚

『経験と思想』を読みパッと視界が開けた

 私にとってビジネスの参考になるのは、ビジネスとは無関係の書物が多いようです。哲学や歴史、宇宙や芸術に関する本を多く読んできました。アメリカのビジネススクールが教えるような経営論はあまり読みません。大学時代はデカルトの著作やマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』などを題材に輪読会を行い、仲間と議論を交わしました。合理主義的な西洋哲学になかなかなじめなかった私ですが、森有正の『経験と思想』を読んでパッと視界が開けました。理論や合理性よりも経験や実証を大事にしたいと思わされた本です。就職活動の際には本書をテーマに論文を書き、おもしろい学生だと思われたようです。若い時に哲学書や思想書に触れたことは、私の生き方に大きく影響しています。不確定要素が多い時代において、理論や合理性に予定調和的に合わせていくのではなく、経験や実証に基づきより良い道を探る。功利性が重視される資本主義のロジックの中で、「人はどう生きるべきか。あるべき社会とは」と思索する。今も変わらず心がけていることです。

 80年代に話題となった『大国の興亡』は何度も読み返しています。大国の栄枯盛衰を経済や軍事との相関関係とともにひもとく書で、米中関係など現代の大国の攻防に重ねて読むこともできます。経営者は時代の潮流を捉え、会社の進路をしかるべき方向に導く大局観が不可欠です。国も産業もいい時と悪い時があります。肝心なのは、悪い時にいかに問題を解決し、成長できるか。私は銀行員時代、ビジネス環境が厳しい時期ほど組織が鍛えられ、人が育つことを実感しました。東芝もこの3年は苦しみましたが、着実に人が育っています。第4次産業革命と言われる大変革期を迎えている今、栄枯盛衰の歴史に学ぶことは多いと思っています。

 宇宙に興味を持ったのは小学生の時。その頃は大阪住まいで、地元の電気科学館(現・大阪市立科学館)に通い、京都大学の先生が開催する、月に一度の宇宙講義にも参加していました。中学1年生になると親に天体望遠鏡を買ってもらい、毎晩星を見ていました。高校時代は天文部と数学部に籍を置き、宇宙物理学者に憧れました。今は本を通じて昨今の宇宙研究への興味を募らせています。人にすすめるなら、世界的な宇宙物理学者である佐藤勝彦さんの『眠れなくなる宇宙のはなし』でしょうか。専門知識のない人でもわかるように天文学の歴史やロマンを語っています。宇宙の壮大さを知り、地球や国や自分の小ささを知ると、謙虚な気持ちになれます。誰もが宇宙の視点を持てば紛争もなくなるのではと思いますね。仕事を引退したら、空気の澄んだ場所に天体観測所を建てて、ふだんは地元の学校にあずけて、自分は時々通って……。そんな夢を思い描くこともあります。

人工知能がカギを握る製造業の「坂の上の雲」

 『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』は、人工知能(AI)の入門書として読みました。コンピューターが自ら「気づき」を得るディープラーニングの革新性と人や社会に及ぼす影響についてくわしく解説しています。近年、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれる巨大IT企業のプラットフォームビジネスが市場を席巻しています。そのビジネスモデルは、「市場のリプレースと独占」で、IT革命のような技術革新とは色合いが違います。AIは18世紀の産業革命やIT革命に匹敵する、あるいはそれ以上の革新性があり、交通、電力、医療といった社会インフラを劇的に変えうる技術です。本書を著したAI研究の第一人者、松尾豊氏は、日本は古くからAI研究に取り組み、人材の厚みこそ逆転の切り札だと語っています。東芝でも世界トップレベルのAI研究が進んでおり、ますます目が離せない分野として本書を紹介しました。

 最後の一冊は、私の出身地である愛媛県の英雄、秋山好古・真之兄弟の活躍を描いた『坂の上の雲』です。開化期の若者たちが海外の文明を貪欲に学び、「世界と対等に渡り合える」と信じて強国に挑んでいくさまは、滑稽なくらいに楽観的です。この滑稽なくらいに楽観的な挑戦が、今の日本の製造業には必要だと思っています。製造業はフィジカル(実世界)におけるデータを膨大に持っており、この点においてはプラットフォームビジネスの雄たちよりもはるかに優位です。東芝はフィジカルとAIの融合による新たな事業も生んでいます。日本の製造業は自信を持ってもう一度「坂の上の雲」を目指せる時期にきていると思います。(談)

車谷暢昭さんの経営論

2018年11月、2019~23年度までの中期経営計画「東芝Nextプラン」を発表した東芝。リスクを抱えた事業からの撤退や構造改革によって再建のスタートラインに立ち、今後はサイバー技術とフィジカル技術の融合により成長を目指していくといいます。

「CPS」により新しい未来を

 東芝は現在、車谷暢昭代表執行役会長CEOと、綱川智代表執行役社長COOの二人三脚で経営改革に取り組んでいる。会長就任の背景には、「外部の知見と視座」への期待と要請があった。車谷会長は金融機関と投資会社での豊富な経験と実績を持つ。「東芝のような日本を代表する企業の再建に貢献できるなら名誉なこと。突然の依頼だったので驚きましたが、天命と受け止めました」と車谷会長。人生を賭ける価値があると引き受けた。

 「東芝のDNAは、田中久重、藤岡市助という2人の創業者のベンチャースピリット。これを呼び覚まし、サイバー技術と実世界(フィジカル)技術の融合により、新しい価新しい価値を創造する『CPS(サイバー・フィジカル・システム)テクノロジー企業』を目指します。東芝は、電力、交通、水処理、流通など、社会インフラの多くを担い、それぞれに膨大な知見とデータを持っています。CPSによってこうした社会インフラを進化させ、エネルギー需要増加、資源の枯渇、気候変動、都市への人口集中、物流の拡大、高齢化や労働力不足といった社会課題を解決し、多様な分野で技術革新を起こしていきたい。1875年の創業から脈々とDNAを受け継いできた東芝には、その資格があると確信しています」

新規成長分野の育成に注力

 第三者割当による新株式の発行、ウェスチングハウス社に対する債券の売却等を経て、2018年3月期までに債務超過を解消。東芝メモリの売却(再出資により現在の出資比率は40.2%相当)、さらに海外原子力発電所新規建設事業や液化天然ガス(LNG)事業、BtoC事業からの撤退を決め、バランスシートのクリーンアップを図った結果、約30%の自己資本比率を確保、実質無借金となった。向こう5年の中期経営計画では、収益性の向上と新規成長分野の育成を掲げる。

 「人員の適正化、生産拠点の再編、原価率の低減、営業活動の強化、ITシステムの刷新など、外部要因によらずにできることから収益性を高めています。新規成長分野では、例えば、コンピューター上に再現した橋梁により車両荷重影響を評価する超大規模解析技術は、橋の経年劣化状況の診断や、維持管理業務の効率化、災害時の橋の状況把握を可能にしました。老朽化が進む社会インフラ構造物は橋以外にも無数にあり、世界規模の市場拡大が期待できる技術です」

 車載市場で活用が広がるリチウム2次電池や、ゲノム解析技術によって超早期発見や個別化治療を目指す精密医療など、成長分野の業種は幅広い。独自技術の開発によりブルー・オーシャンを開拓したいと、車谷会長は意気込む。

 「コンサルティングファームの理論に従ってかじ取りする経営もありますが、私は助言に耳を傾けはしても、最終的にはオリジナルのモデルを作るというのが信条。企業の成り立ちや働く人たちはそれぞれ違うはずで、既存の理論に沿う手法が最適解とは限らない。ましてや不確定要素が多い時代においては、実践を通じて学び、状況に応じて軌道修正しながら進化していくことが重要だと思っています」

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