世界で50を超える言語に訳されている村上春樹。デンマーク語の翻訳者、メッテ・ホルムさんが村上作品と向き合う姿を追ったデンマークのドキュメンタリー映画「ドリーミング村上春樹」(ニテーシュ・アンジャーン監督)が、19日から東京・新宿武蔵野館など各地で公開される。
メッテさんは1958年デンマーク生まれ。高校卒業の頃にフランス語版の川端康成『眠れる美女』を読み、日本に関心を持つように。村上作品は2001年から『ノルウェイの森』『騎士団長殺し』などを訳してきた。映画では『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』を読む風景に、短編「かえるくん、東京を救う」に登場する「かえるくん」の視点を取り入れ、村上作品を思わせるパラレルワールドとなった。
完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね――。『風の歌を聴け』の冒頭に強い印象を与えられたという。「完璧な翻訳はないが完璧な文章はある」とメッテさん。「それは村上さんの文章。翻訳は日によって揺らぐ。何度も直しますが、本になった後も直したくて仕方ない」
正確であることは前提だが、翻訳で大切なのは「作家の声を消さないこと」だ。「翻訳を続けてきたことで彼の声を見つけたような気がする。村上さんの作品の底流には音楽が流れている。訳文を大きな声で何度も読み上げ、リズムを作ります」
村上以外では、村田沙耶香『コンビニ人間』や川上弘美『センセイの鞄(かばん)』、桐野夏生『アウト』などを訳した。「あなたの翻訳は日本語っぽいと言われるとうれしい」(中村真理子)=朝日新聞2019年10月9日掲載