「もっといい小説を書きたい。そのためには、負荷をかけていかないと」。骨太の作品でデビューから注目を集める荻堂顕さんは、挑戦を続けている。5作目となる「いちばんうつくしい王冠」(ポプラ社)で描いたのは、人を傷つけた側の物語だ。
新潮ミステリー大賞を受け、2021年にデビューした。今年は、ある刀に魅せられた男を主人公に戦後復興から高度成長にいたる東京の変貌(へんぼう)を描く「飽くなき地景」で吉川英治文学新人賞に輝いた。
「何が得意か分からないから、とりあえず全部やってみるのがいいんじゃないかと思っている」。題材に合わせて、表現方法や作風も変えている。
今作の主人公は14歳の女子中学生、ホノカ。ある日突然、体育館に7人の中学生とともに閉じ込められ、着ぐるみ姿の大人から、劇を完成させるよう命じられる。劇を通し、自らの過去と向き合うことになる。
ポプラ社から、若い読者に向けたものをと提案を受け、荻堂さんの頭に浮かんだのは、辻村深月さんの「かがみの孤城」だった。いじめを受けた中学生が鏡の中の異世界に吸い込まれる「傷つけられた人と再生の物語」。自分ならどう書くか。傷つけた側の物語を構想した。
傷ついた側を描く小説が多いと感じていた。「欧米圏でもヒーリング文学が流行しているし、社会的にもどんどん貧しくなる中で、自分に目が向くのは当然だと思うが、それだけではいけないとも強く感じる」。知らず知らずのうちに誰かを傷つけていることは、誰にでもあるからだ。
ホノカもはじめは、自分が劇に参加させられた本当の理由が分からない。一人称で描くからこそ、荻堂さんは読者に、ホノカに感情移入をして気付きを感じてほしいという。「多視点にすれば、読者に親切だし、もっとトリック的なことができるかもしれないが、これはあくまでもホノカの人生の話」。ホノカが見たこと、知っていること、思ったことだけが、そこにある。
ホノカの人生は、劇を終えた後も続いていく。荻堂さんは「謝ったら、許す」という単純な構造は昔から好きではないという。では、過ちに気付いた後、どのように「罪」に向き合えばいいのだろうか。「読後感がいい小説ではないけれど、後に何も残らない読書をする必要はないと思う。読んで考えてほしいです」(堀越理菜)=朝日新聞2025年12月3日掲載